焼肉酒屋えびすと東京電力(-_- ) | レオン・スコット・ケネディの憂鬱

焼肉酒屋えびすと東京電力(-_- )

焼肉酒屋えびすの社長がマスコミの前で土下座をした。東京電力の清水社長も土下座を強いられた。私も会社や親に対して何度も土下座をした。

土下座は純日本的な謝罪の仕方だ。欧米人には理解出来まい。

土下座とは、正座した礼と形は大変似ているが、とても屈辱的なもの。しかも土下座は0円なのだ。効果のほどは定かではない。しかし、良くある会社不祥事の会見で頭だけ下げるよりは、誠意は感じられる。土下座をやったものしか分からないが、あれほど屈辱的なものはない。


日本人の謝罪=土下座


はもはや定番だ。しかし、焼肉酒屋えびすは既に4人の死者を出していて、未だに重症の患者さんが沢山いる。東京電力の場合は、福島県民を放射能汚染で住む場所を奪い、牧畜、農業、漁業、観光などに大打撃を与えた。

もし土下座で相手が納得しない場合にはもはや切腹しかない。土下座が残っているのだから、伝統的な日本人らしいけじめの付け方(謝罪)なら「切腹」があってもいいのではないか?

謝罪ではないが、昭和において三島由紀夫は見事にそれをやってのけた。作家として、また国を思う人として、見事な最期だった。

切腹は侍としては名誉ある自害の仕方である。切腹を許されない場合には打ち首となり、首を切り落とされる。

時代劇で良くある切腹は、戦国時代のもので、それ以降の切腹は短刀に手を付けた瞬間に介錯人が首を斬りつける。自ら腹を切る事はないのだ。だから赤穂浪士の切腹は時代劇だからあの様な自ら腹を切る描き方をしている。また大石内蔵助は首謀者なので正確には打ち首。但し新撰組みたいな特殊な組織の場合には、自ら切腹をしていたかも知れない。


さて話を戻そう。東京電力の場合、確かに資源に乏しい日本なら原子力発電に頼るのは仕方がないと考える。しかし、地球と言う自然の上に原発を設置するにおいて、地震や津波や山火事や土石流など想定を超える事態は必ず起きる。想像力の欠如だ。

原子力発電に関しては、一企業だけの問題ではない。これは国家事業なのだ。福島に原発を設置した政治家(生きていれば)は責任を取らなければならない。最低でも当時の与党自民党には責任がある。

焼肉酒屋えびすのユッケも社長が土下座したところで死者は甦らない。ならば自社の菌のついたユッケを自分で食べるべきだ。自分で食べられないものを出す訳がない。それが食えないなら、後始末は他の役員に任せて腹を切れ。

東京電力の清水社長も菅総理は残念ながら打ち首だ。打ち首が嫌なら即座に腹を切れ。貴方らがいなくとも日本や東京電力は動くのだ。A級戦犯が必要でも裁判などと言う手続きなどまどろっこしい。

まず菅総理は邪魔なのだ。貴方がそこに居座る限り日本は再生しない。

清水社長も、現場に入れ!福島第一原発に行け!そしてそこで指揮を取れ!現場の悲惨さを肉眼で確認しろ!第一線で働いているあんたの社員に人間らしい衣食住を与えてやれ。

政治家も役人(厚生労働省・経済産業省)も会社社長も、だから大学出は嫌なんだ。

腹切れ!死んでお詫びをしろ!(-_- )