自分の基礎 | <元・極道>広告代理店社長日記

自分の基礎

幼少時代、両親が共働きで1歳で保育所に入った。


いつも1人だった気がする。


親父は典型的な飲んだくれで、顔を見れば何かにつけて幼い俺に暴力を振るった。


ふてくされた態度をすると吊るし上げられ、サンドバックにされたり、

反論をすれば柱にくくりつけられて、木の棒(?)のようなもので殴られ続け、


親父の応援する野球チームが負けたことが原因で乳歯が折れるほど思い切り顔面を殴られたこともある。


小学生の頃は、顔も体もアザだらけで学校にいくことも少なくなかった。

家に帰る=暴力を振るわれる


残酷な図式はいつも頭に付きまとった。


そんな強烈な思い出だけを鮮明に覚えている。


そう、俺の幼少期の思い出は未だに「親父の暴力」で満ち溢れているのだ。


ただ、いい成績をとった日だけは何故か殴られなかった。


だから俺は必死に勉強をした。


中学を卒業するまでの親父の監視下にある時間は全て勉強に費やした。


テストで高得点をとることだけが「暴力」から逃れる唯一の手段だったから。



中学1年生の夏休み

深夜2時、俺は仲間2人と鉄パイプを持って地元のゲーム屋の裏口前に立っていた。


翌日発売されるゲームソフトを盗むために。


侵入する時間、合図、逃走ルートなどの計画は1週間前に立てた。


主犯格である俺が目で合図し、仲間の一人が持っていた鉄パイプで勢いよくガラスを割った。


窓の鍵をもう一人の仲間が開け、一番に侵入し、ふと目をやるとそこには宝の山があった。


山積みにされていた新作ゲームソフトだ。


俺たちは計画通り、約半分のゲームソフトを用意していた紙袋に無造作に詰め込んだ。


「もう用は無い」とすぐさま逃走し、盗んでおいた自転車で3人がバラバラの道で集合場所の公園へ向かった。


笑いが止まらなかった。


全身の血が逆流するように興奮して夜中なのに大声を出して笑った。


大嫌いな親父へのあてつけのように笑った。


その後も俺はゲームソフト、アダルトビデオ、本などを盗み、売ることを続けた。


本当に楽しかった。


全身の血が煮えたぎるようなスリルと興奮を味わえる。


あの感覚が忘れられなかったのだろう・・・


中学2年生になったばかりの春頃、


その頃にはもう盗んだものを売って得る金が月に10万円程になっていた。


引くときは引いて、押すときはググッと押す。


今考えれば、やり口がとても中学生がやったものだと大人の目には映らなかっただろう。


もちろんその頃も勉強は出来た。


テストは200人ほどいる生徒の中でもいつも1520位には入れた。


そんな不良少年だから教師も他の不良少年達とは違う目で俺を見ていた。


「やれば出来るのに」と。


中学2年の夏休み前、俺は相談室に呼ばれた。


喧嘩やイジメでよく呼び出されていた俺はいつも通り軽い気持ちで相談室のドアを開けると、


強盗のメンバーがそこにいた。


そう、バレたのだ。


仲間の1人が教師に「何で呼び出されたか分かるか?」と聞かれ、


「強盗」


と言ってしまったのだ。


本当は「タバコ」で呼び出されたにもかかわらず・・


俺たちは全員別の部屋に移され個別に尋問を受けた。


もう諦め、全てを話した。


その後は、散々な目に遭った。


ただ、この時、学校・親・窃盗をした店で話し合い、何故か警察には行かなかったのだが・・


もちろん家ではあばらを骨折するほど殴られ、母親は泣き崩れた。


数日間の謹慎を強いられたが、骨折のため学校にはしばらく行けなかった。


謹慎中、家を出れば親父にこっぴどく殴られるのが目に見えていたので家にいた。


やることがないので教科書を開き今まで以上の猛勉強を始めた。


実際に中学3年生になると、


成績があがり、常に1位か2位、悪くても3位をとれるようになったころ


通知表もほぼオール5になっていた。


謹慎後、学校に登校するとまず不良仲間から「英雄」として称えられた。


しかし、その後の1年半続く洗礼も待っていた。


生活指導で野球部顧問のYだ。


この教師は学校で問題があると全て俺の責任にし、俺を小突き、蹴飛ばし、顔面に唾を吐いた。


「絶対にいつか殺してやる」


俺は決心した。


学年トップの成績になった俺にも容赦なくYの嫌がらせや、暴力は続いた。


朝礼台で全校生徒のいる前で


○○(俺の苗字)はクズだ。二度と学校に来なければいいのに」と言ったり


誰かの財布がなくなれば俺への尋問は夜まででも続いた。


許せなかった。


俺も悪いのだが、明らかにやりすぎだった。


その嫌がらせは卒業まで毎日毎日繰り返された。


そして卒業式・・・


式が終わり、俺はYに声を掛けた。


「先生3年間ありがとうございました。ちょっとこっち来てもらえますか?


と。


震える手をポケットに隠し、 Yと校舎裏へ向かった