こんにちは。

 

さて、今回は、表題のとおり、悪魔崇拝、世の現実、悪魔への抵抗について書きます。

 

まず、悪魔崇拝の前に、悪魔について述べます。悪魔というと、多くの人にとってあまり馴染みがないでしょう。それは、聖書を読む人が少ないからです。クリスチャンであるかとを問わず、聖書を歴史書としても読んだことがないでしょう。あなた自身が知らない、あなたの周りも知らないことだから、どうでもいいなんてことは言っていられないのです。くだらない漫画、雑誌、新聞等を読む暇があれば、聖書を読んでください。自国しか見ていないと世界情勢がまったく分からない、または知ろうともしないのでしょうが、聖書のとおりの世界情勢になっているのが分かります。聖書ほど多くの言語に翻訳され、世界中に読まれている書物はありません。それを知らないというのは本当に残念でなりません。もっとも、理解せずに字面を読むだけでは無意味です。ほとんどの人々は、権力者の都合の良いように捏造された教科書やそれに沿った参考書、科学関連の書籍については一生懸命読んで覚えようと勉強するのに、真実を語っている書物である聖書は無視するというのは理解に苦しみます。そこで、私のブログを通じて、あなたが、聖書を手に取って真剣に読んで理解されることを期待します。決して高い値段ではありません。3,000円位で手に入るはずです。この3,000円をケチって、生涯にわたり身を滅ぼす道に進む方があなたの益になりません。他の書籍には大した価値はありませんが、聖書は3,000円以上どころかお金に換算できない価値があります。聖書を読むと気付かれると思いますが、悪魔という存在がでてきます。悪魔の状態について描かれているのは、悪魔が悪霊と呼ばれていることからも""であり、人間とは異なる存在ということです。ご存知のとおり、霊は目に見えないものです。聖書では、新約聖書のマタイ4章1〜11節、マルコ1章12〜13節、ルカ4章1〜13節において、悪魔がイエスを誘惑しました。悪魔は受肉されたイエスにでさえ誘惑するのです。イエスは、食欲(40日間の断食後に石をパンに変えるよう囁く)、傲慢と神を試す(神の子なのだから、わざと高所から落下しても神が救う)、金銭欲と支配欲(悪魔を拝めば栄華と権力を与える)、という計3回にわたって、悪魔から誘惑を受けましたが、すべて退けられ、悪魔は去りました。しかし、ただの人間である私たちが同じ誘惑を受けたらどうでしょうか。ほとんどの人はそれらの悪魔からの甘い誘惑に乗ってしまうのではないでしょうか。一度断ったから大丈夫というのではなく、悪魔は人の弱み(欲望等)につけ込んで何度でも誘惑します。これを一般に「魔が差す」といいますね。これは悪魔の魔です。昔からですが、現代でも、金銭欲、支配欲が強い人が多いです。芸能人、若しくは有名人になって金儲けしたい、注目を集めて自分のファンを増やして自分を称えさせたいというのは悪魔的な思考です。また、政治家や官僚も、国民を支配して、公務員の給料も高水準にして身分も安定させ、法律や条例も自分たちの都合のよいものするというのは悪魔的な思考でしかありません。まさに、その欲がある人、又は離れられない、離れようとしない人は、悪魔に支配されています。

 

実際に、アメリカのハリウッドをはじめとする映画業界や日本も含む世界の音楽業界もすべて悪魔崇拝者の組織の支配下にあります。悪魔に魂を売らないと成功できないようにさせられているのです。なぜなら、聖書で、終わりの時が来るまでは、この地上は悪魔が支配すると定まっているからです。よって、才能がいくらあっても悪魔側につかないと現世では成功できず、反対に才能が大して無くても悪魔に忠誠を誓えば、悪魔の手下となっている悪魔崇拝者(人間)のゴリ押しによって成功できるということです。誰のことかは逐一言わなくても、調べればすぐに分かることです。そんなことよりも大事なのは、現世での成功欲しさに悪魔を拝む、魂を売るというのは、取り返しがつかない程に愚かですので絶対にやめてください。創世記3章にある、蛇が、最初の人である男(アダム)の助ける者として造られた女(エバ)を騙して、神が食べることを禁じた木の果実を食べさせました。この蛇が悪魔の始まりです。聖書では、悪魔というのは、必ずしも悪魔という単語ではなく、他の多くの言葉に置き換えられて、悪魔の意で使われています。要するに、きちんと文脈を読まなければ理解できないのです。

 

さて、悪魔について語ろうとすると長くなるので、前置きはこの位にしておき、悪魔崇拝について書きます。

悪魔崇拝とは、その名のとおり、聖書やイエスの教えにことごとく反し、神に反抗する者である悪魔と悪魔的なもの(堕天使、獣、太陽神、悪霊、あらゆる偶像、その他)を崇拝することです。サタニズム(Satanism)というものがあるようですが、これのみが悪魔崇拝というのではありません。Wikipediaにはサタニズムが悪魔崇拝と書いて、誤解を招き易い表現になっていますが、サタニズムは悪魔崇拝の1つにすぎないということを覚えておいてください。悪魔崇拝については、私が上記で定義したとおりです。

聖書の神が唯一であるのに対して、いかに悪魔と悪魔的なものは数が多く、様々な形や偽りの神となっているか分かります。悪魔の違いから、崇拝の仕方、儀式の方法も違ってくるのですべてを書くことは困難です。よって、上記の定義に当てはまるものはすべてと考えれば分かり易いです。世の中で一番悪く、かつ、強力なのは、この地上の支配者が崇拝する悪魔でしょう。なぜなら、地上を支配できるほどの強い力があるからです。世の権力者、即ち、お金を支配する者が一番今の世の中では強いと思われます。誰が正確に一番上なのかは知りませんし、そんなことはどうでもいいのです。今、最も知られているのは、アメリカドルの通貨発行権を握っていたロスチャイルド家でしょうか。ロスチャイルドについて聞いたことがないというのは本当に世間知らずです。くだらないテレビや新聞を見る暇があればネットで情報を探す方がよほど勉強になります。ロスチャイルド主催の奇妙な催しや儀式等は、こちら(Youtube)で確認してみてください。これだけではなく、他にも公に言えないことも裏で沢山しているでしょう。ロスチャイルドといえば、日本の天皇や皇族にも関係があります。日本赤十字社等、創価学会、政治家とも繋がっています。調べたら彼らが悪の存在ということが明白です。アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備銀行)が発足から2015年に国有化されるまでの間、アメリカドルは政府発行ではなく、日本円の紙幣も政府発行ではないことを知っていましたか。硬貨は日本国と記載があるのに対し、紙幣は日本銀行券とあります。これは、日本銀行(以下、日銀という)の発行のものです。日銀は、完全な日本政府管轄ではなく、実質的に国際決済銀行の支配下にあります。日銀の設立経緯を調べたら分かりますが、松方正義がロスチャイルドの「日本も通貨発行を独占する中央銀行を持つべきだ」という指示で中央銀行として設立し、当時の国立銀行の紙幣を全処分して日本銀行券を流通させたのでした。詳しいことは大変長くなるので、ご自身で調べて見てください。すぐに分かります。このロスチャイルド家の他、巨大な力を持っているロックフェラー家というのも悪魔崇拝者です。逐一、すべての名前は挙げられないですが、世の大富豪という人たちは皆そういう繋がりがあります。汚れていない富豪はいません。むしろ、汚れに汚れた結果、権力と金を手に入れていると考えるのが正しいです。何のために大金を手に入れるのか、彼ら自身の欲のためですね。貧しい人に施すならば、まず、自分たちだけが儲かることを考えないはずですから。しかし、これらの支配が永遠に続くことはありません。悪は、最後には滅びる運命にあります。悪に耐え、悪になびかない姿勢を忘れないでください。

 

なお、イエスは、金持ちについて、以下のように述べられました。

 

新約聖書 マタイによる福音書 19章23〜24節(私訳)

それからイエスは弟子たちに言われた。「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入ることはできない。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」

 

新約聖書 ルカによる福音書 12章13〜21節

群衆の一人が言った。「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください。」イエスはその人に言われた。「だれがわたしを、あなたがたの裁判官や調停人に任命したのか。」そして、一同に言われた。「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。」それから、イエスはたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作だった。金持ちは、『どうしよう。作物しまっておく場所がない』と思い巡らしたが、やがて言った。『こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、こう自分に言ってやるのだ。「さあ、これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と。』しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」

 

以上のように、自分の欲を満たすために、自分のために富を蓄える金持ちは悪であり、救われないで滅びると言われています。そして、使い切ることのできない程の莫大な財産を持っていても、永遠の命を得ることはできません。むしろ、地上で財を成すためにしてきたあらゆる悪事が、天の国に入ることを妨げているのです。新約聖書には金持ちが天の国に入れるとか、多くの財産を持つことが善いことであるとは書かれておらず、むしろ悪いこととされています。だから、この地上で財産を欲する者、金持ちとなりたいと願う者は、悪魔崇拝者ということです。真にイエス・キリストに従うクリスチャンならば、財産、お金、権力に目が眩むことはないはずです。

 

悪魔との戦いは、霊的な戦いです。ある人たちは、すべての罪を悪霊のせいにして追い出さなければならないと考えています。反対に、霊の領域と、聖書が私たちの戦いは霊的な力との戦いであると言っている事実をまったく無視する人もいます。主イエスは、人から悪霊を追い出した時もあれば、悪霊のことには言及せずに人の病気を癒されることもありました。 使徒パウロは、クリスチャンは自分のうちにある罪と戦うようにと教え(ローマ6章)、また、悪魔に対しても戦うように述べています(エフェソ6:10〜18)。

 

新約聖書 エフェソの使徒への手紙 6章10〜12節

最後に言います。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。

 

上記聖句より、私たちは主イエスの力によってのみ強くなれること、神の御言葉、律法、掟、戒めという武具だけが私たちを守り、私たちの戦いはこの世にいる悪霊に対しての戦いであるということです。私たちはいかなる悪魔の攻撃を受けたとしても、聖書の福音を宣べ伝えなくてはいけないのです。 どんなことがあっても動揺してはいけません。 私たちが主イエスの御名に希望を持ち続け、神の律法、掟、戒めを守っていれば、どんな人間からもどんな悪霊からも主イエスとの結びつきを私たちから取り上げることはできません。 私たちの武器は、自分たちの個人的な意見や感情ではなく、神の御言葉でなければならないのです。イエスの荒野での誘惑で模範を示されたように、神のみを信じて礼拝し、神の御言葉が人を生かす事実を信じなければなりません。イエスでさえ、悪魔に対抗するために、神の御言葉を用いられたのに、どうして私たちもそれ以外のことができましょうか。神の御言葉ではなく、自分の考えに頼る者は悪魔に打ち勝つことはできません。むやみに、主イエスの御名を唱えさえすれば良いというのではないのは、使徒言行録19:13〜16から分かることで、主イエスの御名を唱える者がキリストと結ばれた真のクリスチャンでなければ、悪霊に打ち勝つことはできません。また、たとえ悪霊を主イエスの御名によって追い出せても、神の律法、掟、戒めを守らない不法の偽クリスチャンであれば、後で主イエスから知らないと言われることを覚えておいてください(マタイ7:21〜23)。

 

最後に、繰り返し言いますが、悪魔はいずれ滅びる運命にあるのです。ですから、悪魔という長い物には巻かれないでください。この世にあるものを愛したり、お金や不動産等の財産を愛さないでください。それらを愛する者は、その裏にいる悪魔を愛しているのです。断定的に私には判断する権限がありませんが(神が判断します)、悪魔に従った人間は神がお赦しにならない可能性が高いです。今すぐ、聖書を読んで、早く悔い改めて生活するようにしてください。

 

私は一人でも多くの人が救われるように願っています。

 

以上