どんちゃんのブログ -7ページ目

近年、タバコが吸える場所が少なくなってきた。

小生は、日にひと箱(20本)ほどたしなめる。

勤めている学内には何箇所かの喫煙コーナーが設置されている。

昨夜、寮の近くの喫煙コーナーでY君がタバコをたしなめているところに遭遇した。

Y君は2回生である、一瞬躊躇したが、注意を促すことにした。

注意はごく一般的な内容で、軽めに話したつもりでいたが、Y君が絡まってきた。

未成年で法律に違反していることは承知しているが、体に良くないものを(癌の発生率が高い等々)なぜ売るのか等々、絡まってきた。

いけないことと知りながら、たしなめている自分を必死で弁解している。

弁解するY君の心が動揺しているのは、未成年の寮生の喫煙は退寮処分の対象であるからだ。

この処分を承知していたがゆえに、注意を躊躇した理由がある。

舎監としてではなく、ひとりの初老が若者に世間話をしたということをY君に理解させた。

Y君は、私がその場から離れようとした時、「約束します。学内ではもうタバコは吸いません。見逃してくれて有難う。」と言葉を私の背中に投げつけた。

この言葉に胸が詰まった。

明日、Y 君に私も学内ではタバコを吸わない決意をしたことを伝えよう。

これを機会に、禁煙できたら、Y君に感謝。

Y君に感謝できるよう頑張るぞ!


食欲がないとここ何日間朝食を食べていなかったS子さんが、昨日の朝、元気な笑顔で帰省届を出して朝食に向かってくれた

この土曜日と日曜日を利用して自宅に帰るとのことである。

母親が訪ねてきて1週間が過ぎたばかりだが、家族に会えない淋しさからかいまひとつ元気がなかったS子さんが嘘のような笑顔を見せてくれた。

なにわともあれ一安心だ。こちらも嬉しくなる。

昨日の夜自宅へ向かったS子さん、今頃は父母との会話が弾み、父母の愛の中でいっぱい甘えていることだろう。

かたや、私の娘もこの春遠方に就職したが、父親の私には何の連絡もない。

携帯電話を手にするが、ダイヤルを押すことに何か躊躇している自分がここにいる。

勇気を出して、今夜あたり電話をかけてみることにする。

娘の反応が今から気になりだした自分が面白おかしい。



 前回のブログで文科省の受託事業である「虹教室」の開校について少し述べてみた。

 この教室の運営費は年間約2千万円である。教室に関わる日本語の先生・バイリンガル(通訳)の先生・コーディネータ等の人件費・場所の賃貸料・子どもの送迎費等々の経費が全て認められている。

ただし、受講生ひとり当たりの年間単価が50万円を超えない範囲で運営することが必要である。

つまり、最高額では40人の受講生が学べることになる。

 この施策に対し、各地の朝鮮人学校に対する文科省の助成金は、全く支給されていないばかりか、高校無償化の対象すらなっていない。。

各地の自治体での少額の助成金はあるが、今大阪市をはじめいくつかの自治体で、取るに足らない難癖をつけ支給停止の動きがある。

 ニューカマーの未就学の子供に対する上記の政策と、朝鮮人学校に対する政策の違いはあまりにも整合性がなく、朝鮮人蔑視(民族差別)がまかり通っている。

 本来日本政府(地方自治体)は、在日朝鮮人子弟の教育については過去の植民地政策の反省のもとに、民族教育を補償すべき政治的・道義的責任があることは説明を必要としない。(在日朝鮮人に対する戦後補償の問題)

 小生が「虹教室」の運営に深くかかわれば関わるだけこの矛盾に、腸が煮え繰り返る。

 橋下大阪市長が、法の番人(弁護士)としての良心があるならば、ただちに朝鮮人学校に対する助成を復活するだけではなく、今までより増額した助成をすべきである。

 それとも、在日朝鮮人に対し、橋下大阪市長は、取るものは夜なべの葬式でも取るが、出すものは舌でも出さぬ考えか。

 多文化共生社会の実現が叫ばれている昨今、この事象に対し、歴史が橋下市長に審判を下す日はそう遠くないと小生は確信している。

そうでなければ、社会正義と言う言葉が死語になる。