今日、思いもかけない友人の訪問があった。
長く民族教育に熱き情熱をもって関わってきた優秀な友人だ。
私が組織生活を始めたころ何かと世話になった恩人でもある。
私が専従生活初めて三年後に彼は東京に赴任してからは、出会う機会が年に数回しかなかったがいつも熱い論議をした記憶が今も鮮明によみがえる。
心弾む十年ぶりの再会である。
自宅で簡単な再会のあいさつを交わすと友人が近くの喫茶店に出かけようと言い出した。
何か嫌な予感がしたが出かけることにした。
お互いの今上を話しあう中で私の身の上を確かめるがごとき質問をしてきた。
どこで調べたのか私の社会生活をよく知っているようだ。
友人は、必死に私を組織の専従から追い出した当時の組織の決定が間違っていたことを説明(謝罪)しながらも、私が今世話人をしているいくつかの組織の活動が気に入らないらしく批判しだした。
批判の多くが在日朝鮮人問題に(高校無償化・自治体の助成金)に直接関係のない所で社会活動していることが在日二世としていかがなものかというここであった。
昔と変わらない彼の民族教育にかける熱き思いに胸が詰まりながらも、自説を曲げず小生の考えを説明するが、二人の四時間に及ぶ話し合いは列車の線路のごとく平行線で終わった。
今宵は飲み明かし我が家で一泊してはどうかという誘いを彼は時間がないと言い、帰路についた。
たかが四時間の出会いの為に東京から私に出会いに来たのか腑に落ちないでいると、「次回はこんな出会いではなく、昔話をしながら飲み明かそう」とのメールが届いた。
誰かに頼まれての出会いであったのだーと認識した。
誰かに頼まれて遠路はるばる訪ねてこなければならなっかった友人が愛しくてならない。
これも小生に与えられた宿命かと涙する。