どんちゃんのブログ -4ページ目

昨夜(金曜日)なのにS子さんが学生寮にいる。

淋しがりやのS子さんは毎週金曜日に帰省していたはずなのに。

意識的に接触を試み寮生活について話しかけてみた。

朝起きるのがつらい・洗濯が苦手だ・食事が油濃い・時間をもてあましている・等々の事情を話しくれた。

まだ信頼できる学友が出来ていないらしい。

両親のことに話を向けると、毎週帰省すると両親が余計に心配するのでこれからは月に一度ぐらいしか帰省しないと決めたらしい。

淋しくない、大丈夫かねと尋ねると、「母親離れしないとね」と笑顔で答えてくれた。

淋しさの残る笑顔であったが、ひとり立ちする決意が読み取れた。

寮生活を始めたころからみれば、大きく成長してくれた。

小生も何か嬉しく、心が弾むとともに、東京で一人生活をしている娘の生活が気にかかる。

今夜あたり、久しぶりに電話をしてみよう。





思い出深い日を思い出す。

沖縄本土復帰40周年。

沖縄の日本本土復帰が朝鮮本土をはじめアジアの平和に弊害があると考えていた小生は、40数年前沖縄返還の反対闘争に精力的に関わっていた。

今も、沖縄は日本に復帰すべきではなかったと考えている。

地政学的に考えても、沖縄は琉球文化をもつ文化圏として独立国家を樹立することがアジア地域の平和にとって有益だと。

沖縄が独立l国家として40年前に、独立していたならば、今の朝鮮半島の諸情勢も今と違った歴史を歩み、我が国の統一も出来ていたかもしれぬと今も思っている。

今日、思いもかけない友人の訪問があった。

長く民族教育に熱き情熱をもって関わってきた優秀な友人だ。

私が組織生活を始めたころ何かと世話になった恩人でもある。

私が専従生活初めて三年後に彼は東京に赴任してからは、出会う機会が年に数回しかなかったがいつも熱い論議をした記憶が今も鮮明によみがえる。

心弾む十年ぶりの再会である。


自宅で簡単な再会のあいさつを交わすと友人が近くの喫茶店に出かけようと言い出した。

何か嫌な予感がしたが出かけることにした。

お互いの今上を話しあう中で私の身の上を確かめるがごとき質問をしてきた。

どこで調べたのか私の社会生活をよく知っているようだ。

友人は、必死に私を組織の専従から追い出した当時の組織の決定が間違っていたことを説明(謝罪)しながらも、私が今世話人をしているいくつかの組織の活動が気に入らないらしく批判しだした。

批判の多くが在日朝鮮人問題に(高校無償化・自治体の助成金)に直接関係のない所で社会活動していることが在日二世としていかがなものかというここであった。

昔と変わらない彼の民族教育にかける熱き思いに胸が詰まりながらも、自説を曲げず小生の考えを説明するが、二人の四時間に及ぶ話し合いは列車の線路のごとく平行線で終わった。

今宵は飲み明かし我が家で一泊してはどうかという誘いを彼は時間がないと言い、帰路についた。

たかが四時間の出会いの為に東京から私に出会いに来たのか腑に落ちないでいると、「次回はこんな出会いではなく、昔話をしながら飲み明かそう」とのメールが届いた。

誰かに頼まれての出会いであったのだーと認識した。

誰かに頼まれて遠路はるばる訪ねてこなければならなっかった友人が愛しくてならない。

これも小生に与えられた宿命かと涙する。