最近、「自己防衛おじさん」と呼ばれている人がネットで有名になった。自己防衛おじさんの「年金をあてにしてはいけない」という発言は、それが是か非かおいておいて、これからは「どうお金を稼ぎ、どう生きていくのか」を自ら考えなければならない時代になっていくのは間違いないだろう。

 自らが進む医療界の未来も将来的にどうなるか、先行きは不透明だ。バイト先の大人たちや親を見ていると、やはり医師という職業には安定性があると考えているらしい(名誉のために書くと、父親はそう考えていないが…)。OBの大先輩である先生方のお話を聞いていると、先生方も自らの御経験からなのか他の職業よりは平均的に給与が高いというニュアンスで話をされる方もいる。近年の過剰な医学部人気も医師の安定的な地位というイメージから来ているものと考えられている。只、そういったことを書いている雑誌には絶対的に安定とは言えないということもまた往々にして書いてあるのだが…。

 さて、周りの医学生を見てみると、医学生なだけあってやはり自分とは比べ物にならないくらい賢い者も多々いる。しかし、彼らは医学以外の勉強にはさほど興味ないようだ。やはり彼らも医者は安泰という意識をどこかに持っているのだろうか。自分はここに非常に危機感を覚える。「医療制度の崩壊」、「医師過剰」などの問題が唱えられることも多い(調べずして、これらの文句に踊らされてはならないのだが)。だが、現在の弁護士界の弱肉強食のありさまを見ていて、医師過剰の世界が来ないと断言できるだろうか。法曹関係の厳しさから医学部人気が来ているとしたら皮肉なことだが…。医師の絶対数の増加だけでなく、AIの発達が医療界にも弱肉強食をもたらすかもしれない。不勉強な医師は医師として食えなくなるかもしれないのだ。

 前回のブログで教養人について書いたが、教養人とはまさに社会の歯車にならないように動ける人であり、一般的に教養と呼ばれる広範な知識は、リスクヘッジになる。そういう意味で、医学生だからと言って、医学だけやっておけば良いというのはいかがなものかと思うのだ。社会的な要望としては、「医学的知識の追求を怠らない聖人君主であって欲しい」というものがあるだろう。そして医師は勿論、その要望を忘れてはならないと思うのだが、建前は「医学と患者の救命に没頭」本音は「医学を追求してもお金が無くては自分の生活がままならない」であろう。もっとも、福島孝則先生などのレベルの先生はその要望に真摯に向き合い、答えているので、一概には言えないが。

 教養については前回述べたので、今回はあまりそこには触れない。それよりも未来について考えたい。まさに、今は時代の転換点。5G、AI、IoT、3Dプリンタ、ブロックチェーン、シェアリングエコノミー、自動運転などなど、現在進行形で社会の変容していく様が見られる。はっきり言って、この現状を見て、時代の転換点であると感じない方が異常とも言えるだろう。

 自分は昨年、自動車免許を取ったのだが、あまり賢い選択では無かったかもしれない(かく言う自分も結局常識に流されてしまった)。そこでは、教官を見て、この職業はあと10年したら無くなる可能性が高いという視点で見ていた。摩擦的失業が発生することは不可避だろう。ただ教官の人たちが食えなくなるわけではない。そういった職業が他にもたくさんあるだろうし、それが当たり前なのだから。同じところにずっとは勤めないというのがむしろ世間の常識となるだろう。私が前述した危機感というワードは医師の裕福さを前提としたものであって、食える食えないの話ではない。

 前述の七つのワードはどれも注目に値するものだが、3Dプリンタは製造業にダイレクトに影響するという点が大きな特徴で殊更目を引くように思える。あまり深く考えず直感で語るが、3Dプリンタによって無機物間の価値の差異が無くなっていくように思えるのだ。即ち、何が要らなくなってくるかというと、それこそ製造技術である。例えば、どれだけ鋸で真っすぐ切れるかの技術である。無機物、有機物、情報(実体のないもの)の三つがあるとしたら、無機物に穴が空くのである。一次産業、二次産業、三次産業の二次産業に穴が空くのである。製造であれば、目に見えない"デザイン"という情報が価値を占めてくる。農業はいかに効率的にやるかの議論が、3Dプリンタの及ばない領域であるがために、より活発になるかもしれない。

 かくかくしかじか自由に述べてきたが、これからの時代正確な予測はできなくても社会がどのように発展していくのか大まかな方向性を自分で考えてみるというのは有意義であると同時に、面白いことでもある。教養を深めていくのと同時に行っていきたい。さてさて、日が回ったので本日は佐川前国税庁長官の証人喚問である。事態の進展に注視していきたい。