※元川悦子コラム
日本時間3日の深夜、日本サッカー界にとって衝撃的な出来事が起きた。マンチェスター・Uの香川真司がプレミアリーグ・ノリッチ戦でハットトリックを決めたのだ。日本人選手の欧州リーグでのハットトリックはフラム時代の稲本潤一(川崎)、フランクフルト時代の高原直泰(東京V)以来3人目というが、マンチェスター・Uという名門クラブでの快挙達成はひと際、大きな意義のあること。日本代表エースナンバー10の株を一気に上げるに違いない。
昨夏の新天地への移籍以降、香川はなかなかゴールを奪えず苦しんでいた。プレミアでの得点はここまで8月25日のフルアム戦、9月30日のトッテナム戦の2点のみ。10月末のUEFAチャンピオンズリーグ(UCL)・ブラガ戦で左ひざを負傷し2カ月も戦列離脱したことも重なり、「早く点を取って存在感を示したい」という焦りに似た感情も強まったはずだ。
2月のラトビア戦(神戸)で帰国した時も「いいプレーをしても、調子がよくても、結果を出さないと評価されない。トップの選手は点を取っている。アシストも結果ではあるけど、ゴールは何よりも大きなインパクトがある」と強調。貪欲にゴールに向かう姿勢を見せていた。結局、ラトビア戦では得点できなかったが、「だんだんゴールには近づいてきている。あと一歩のところで決めるか決めないかの精度だけ。1本取れたらイケるのかな」と語り、ブレイクの予感めいたものを自身の中で抱きつつあったようだ。
それがついに現実となった。この日の3ゴールを振り返ってみると、まず1点目は前半終了間際、バレンシアが右サイドから蹴り込んだボールをファン・ペルシーが落とし、香川がノートラップで蹴り込んだ得点だった。しかもシュートは右足アウトという難易度の高いもの。一見、簡単そうに見えるが、ゴール前のスキルの高い彼でなければ決められない1点だった。
2点目は後半31分、前線へのフィードをルーニーが受け、DFを引きつけたところに香川が走り込み、GKの位置をよく見ながら右足で蹴り込んだ。ルーニーとの強い信頼関係が如実に分かる得点だったといっていい。
そして圧巻だったのが3点目だ。後半42分、ハーフウェーライン手前でボールをコントロールした途中出場のウェルベックがドリブルで攻め上がり、ルーニーへパス。DFがマークに行って空いたスペースに香川が飛び込み、ルーニーからラストパスをもらって確実にゴールしたのだ。香川もウェルベックと同じハーフウェーラインの後方からスタートしており、60m以上は走っただろう。見事な3人目の動きを見せたうえ、ラストパスを受けた瞬間、絶妙のファーストタッチで相手をかわしフリーになった。かつて日本代表エースナンバー10をつけた先輩・名波浩が「香川のゴール前での冷静さは想像を絶するものがある」とため息交じりに語っていたが、その老獪さをまざまざと示したのである。
この3得点を振り返って分かることは、香川が90分間通していかに献身的にピッチ全体を走り回っているかということ。彼の攻守両面での貢献度の高さはJリーグにいた頃から高く評価されてきたが、この日も労を惜しまずに最後まで動き続けた。普通の選手なら、後半42分という疲労の溜まる苦しい時間帯になったらサボりたくもなるだろうが、香川は一瞬のスキを見逃さなかった。怒涛の攻め上がりを見せ、ハットトリックにつなげたのだ。彼の意識とフィジカル能力の高さを世界中の人々が再認識したはずだ。
加えて言えば、香川が左サイドでも効果的にプレーできる形を見出したのも収穫だ。日本代表で左サイドに使われるたびに、彼は戸惑いをのぞかせ、本来のゴール前での鋭さを見せられずにいたが、この試合では左からスタートして中央、右、ゴール前と神出鬼没に顔を出し、ゴールに絡んだ。とりわけルーニーとは非常に息が合っていて、香川が中へ動いたらルーニーが外へ出るといったことが自然とできていた。マンチェスター・Uの方が中からスタートできる分、本人もやりやすいのだろうが、ザックジャパンでも似たようなことはできるはず。彼自身もヒントをつかんだのではないか。
年間に数十日しかない日本代表ではここまでスムーズな連携を構築するのは難しいかもしれないが、香川をよりゴールに近いところでプレーさせられれば、得点シーンはもっと増えるだろう。本田圭佑(CSKA)や岡崎慎司(シュツットガルト)、前田遼一(磐田)ら攻撃陣と一緒にこの試合のビデオを見て参考にするような試みはぜひ取り入れてほしい。
いずれにしても、3月26日のブラジルワールドカップアジア最終予選の天王山であるヨルダン戦(アンマン)を前に、香川が香川らしさを取り戻したのは非常に喜ばしいこと。長友佑都(インテル)が負傷し、本田圭佑も本調子でない今こそ、彼にチームをけん引してもらわないといけない。5日にはレアル・マドリードとのUCL大一番も控える。この勢いをシーズン終盤、そして日本代表戦にもつなげてもらいたい。
■Text by 元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。
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