答えがない
若しくは
分からないものが
この世には結構ある。
知りたいし
納得したい
で、前に進みたいと願うことが
どれだけあっただろう。
だけど、
答えを今となれば知る術はなく
知ったところでどうにもならない。
服を沢山試着して、脱ぎ散らかして
ひとつひとつ畳んでいくような作業を体験している。
着たい服、似合う服は何だったのだろう?
結局何も欲しくなかったのかもしれない。
答えは分からなくても
どの服も買わなかったという選択
持っているもので十分だと納得したんだという
その事実。
それでいい。
だけど、分からなくて消化不良は尾を引く。
恨むも憎むもしないけど
ちょっとした罪だ
誘惑に負けそうになった弱さ
期待をさせて買わなかった軽い落胆
仕方ないと言い聞かせ
無理矢理納得とか
もう忘れかけていたこと
そんな煮えきれない出来事を
腹をたててくれた
「んな、腹をたてることじゃない。
だいたい過去の話だ。
なんで怒るの?」
スコンと納得
服は畳まれて、売り場に戻された
手に取ることは二度とない
店に行くこともないだろう
これは喩え話。
だけど、尾を引き
後々まで引き延ばして消化不良でモヤモヤ溜めて
必要のない場所で武器にするのはナンセンス。
面倒臭くても
ひとつひとつ曖昧にせず向き合う
引き延ばして嫌な想いをすること、
そのストレス、
知ってる。
どれだけ待たせても消化をする
答えを出す
待ってくれる
時間をくれる
大事にしてくれる
それが全てだと
ルールだと
ありがとう。
ありがとうね。
Android携帯からの投稿
おはようございます。
良い感じです。
またどれくらいなくていいか
これはgame。
そうやって忘れていけたらいい。
何か物事をするときに
それを絶対的なものとして
決め事にしてしまった時点で
それはストレスになる法則
守れないとか
達成できないと
自分を責めたりストレス
「●●のため」と始めてしまうと
うまくいかないとき
それはいつしか「●●のせい」となる法則
んなもん自分の足りない力量のせいなのだ
誰かのため
ではなく
自分のため
「そうしなきゃならない」なんて義務
ではなく
「そうしたい」気持ちから積み重ねてきたものは
いつしか
無くすとか
終わりにするとか
そんな選択肢自体が思い付かないほど
当たり前で確かな存在になっていた
分かっていたようで
改めて考えてみて
すげーと驚いて
嬉しくてニヤリ。
だから
今やってること
game
で
自分のため
オモロくてタマラン。
Android携帯からの投稿
良い感じです。
またどれくらいなくていいか
これはgame。
そうやって忘れていけたらいい。
何か物事をするときに
それを絶対的なものとして
決め事にしてしまった時点で
それはストレスになる法則
守れないとか
達成できないと
自分を責めたりストレス
「●●のため」と始めてしまうと
うまくいかないとき
それはいつしか「●●のせい」となる法則
んなもん自分の足りない力量のせいなのだ
誰かのため
ではなく
自分のため
「そうしなきゃならない」なんて義務
ではなく
「そうしたい」気持ちから積み重ねてきたものは
いつしか
無くすとか
終わりにするとか
そんな選択肢自体が思い付かないほど
当たり前で確かな存在になっていた
分かっていたようで
改めて考えてみて
すげーと驚いて
嬉しくてニヤリ。
だから
今やってること
game
で
自分のため
オモロくてタマラン。
Android携帯からの投稿
ふと、標題の本を4、5年くらい前に読んだのを思い出した。
部屋を探せば出てくるかもしれない。
城山三郎さんの、奥様を亡くした時の実話だ。
内容は、記憶が曖昧だが
今も思い出せるのは
娘さんが父の表現を
「父は半身が削がれたように生きていた」
と、例えていた。
それくらいの喪失感と悲しみ。
彼が初めて奥様に出逢ったとき
「妖精が現れた」
と。
誰しもがそのような出逢いをするわけではないだろうし
妖精という喩えにはそぐわなくても
大切なひとに出逢えたなら
やはりそれは妖精を見るくらいの
「奇跡」
だと思うんじゃないだろうか
必然とか運命だと思うひともいるだろう
愛に溢れたひとといると
暖かい気持ちになる
自分まで、さもそういう人間なんだと思えるくらい
そして、憧れる
教わる
でもきっとそういうひとたちも
生まれもったというよりか
確実に積み上げ生きてきた時間や
恋愛だけでなく出逢ったひとたちと育んだ出来事
様々なものから形成されたものではないだろうか
そう考えてみたとき
自分の歴史、今まで出逢った暖かいひと
そして、最愛のひと
全てが愛しい
自分も暖かい気持ちを感じて貰える人間になりたい、と思う。
目指してできるもんではない
けど
ひとつひとつ大切なものへ後悔のないように。
「奇跡」という存在といつか離れるときが来たときに
喪失感や悲しみは避けられないとしても
「幸せだった」
と心から思えるように
そんなことを考えた
昨夜から今日までの時間。
Android携帯からの投稿
部屋を探せば出てくるかもしれない。
城山三郎さんの、奥様を亡くした時の実話だ。
内容は、記憶が曖昧だが
今も思い出せるのは
娘さんが父の表現を
「父は半身が削がれたように生きていた」
と、例えていた。
それくらいの喪失感と悲しみ。
彼が初めて奥様に出逢ったとき
「妖精が現れた」
と。
誰しもがそのような出逢いをするわけではないだろうし
妖精という喩えにはそぐわなくても
大切なひとに出逢えたなら
やはりそれは妖精を見るくらいの
「奇跡」
だと思うんじゃないだろうか
必然とか運命だと思うひともいるだろう
愛に溢れたひとといると
暖かい気持ちになる
自分まで、さもそういう人間なんだと思えるくらい
そして、憧れる
教わる
でもきっとそういうひとたちも
生まれもったというよりか
確実に積み上げ生きてきた時間や
恋愛だけでなく出逢ったひとたちと育んだ出来事
様々なものから形成されたものではないだろうか
そう考えてみたとき
自分の歴史、今まで出逢った暖かいひと
そして、最愛のひと
全てが愛しい
自分も暖かい気持ちを感じて貰える人間になりたい、と思う。
目指してできるもんではない
けど
ひとつひとつ大切なものへ後悔のないように。
「奇跡」という存在といつか離れるときが来たときに
喪失感や悲しみは避けられないとしても
「幸せだった」
と心から思えるように
そんなことを考えた
昨夜から今日までの時間。
Android携帯からの投稿