こんにちは! 弘記です。

今日も、みなさんの役に立つ話、面白い話をお送りします。


今日のテーマは

「自信が身につく成功体験 勘違いしてない?」

という話。

現代の子は自信のない子、控えめな子が
多いのではないかなと思います。

ある意味では、それは美徳となりうる。

押しつけがましくなく、相手を受け入れるような
受け身な姿勢は時にとても好ましいです。

ですが、そういった控えめで大人しい感じが
自信のなさからくるネガティブなものであるなら
あまり好ましくないですよね。

じゃあ、なんでそんな自信が持てない子が
量産されてしまっているんでしょう。


そういった子が出来上がってしまう
原因は複数あり、複数の条件が重なると
典型的な自信がなくて、卑屈で
いじめられっ子な子どもができてしまいます。

一つには、その子のもともと持っている
「氣質」です。その子の持っている
氣の質が控えめで大人しいものである

というのが一つの条件です。

でも、それだけでは自信がなくて卑屈な
子どもにはならない。

そういった控えめで受け身なことも
一つの個性であり、一つの役割なので
そういう子は、その個性を活かすべきです。

もう一つ、氣質として自信がなく卑屈に
なりやすい子のタイプがあります。
それは、やたらと我が強くて
自分が一番になりたい!というような
勢いのある氣質の子です。

そういう子は自分がトップに立ちたいと
強く思うがゆえに、そこそこでは
満足できず、むしろ、そこそこだと
自分はダメ人間だと思えてしまうがゆえに
自信を無くします。

ですが、このタイプの子もその氣質だけで
自信がなく、卑屈な子どもにはなりません。


そういった氣質の上に環境要因が重なると
晴れて、自信がなく卑屈な子が出来上がります。

環境要因は細かく見ていけば
本当に様々なものがありますが

大きなくくりでいうなら

「成功体験の有無」

です。


さて、ここが今回のブログ最大のテーマです!

成功体験って何なんでしょう??

一般的には何かで一番になること・・・
と、言う人が多いでしょう。

スポーツの大会や芸術作品などのコンクール
などで優勝したり、勉強などで一番の成績をとること。

この分野では絶対に負けないと思えるような
自分の芯のようなもの。

あるいは何かしらの成功によって
周囲に認められているという安心感
といったものもあるかもしれません。

ですが、僕の中ではそういう
いわゆる一般的な「成功体験」は
成功体験の副産物のようなものだと
思っています。

成功体験の本質とは・・・・

「自分がしたいと思ったこと」 を

「自分がしたいと思ったとき」 に

「自分がしたいと思ったやり方」で

実行できることだからです。


平たく、乱暴な言い方をすれば

「いかに自分の思い通りに物事が進められるか」

というのが、自信につながるわけです。


自分の思い通りに進んでいるのなら
例え、勉強や大会で一番になれなくてもいいんです。

もし、何かで一番にならないと自信が
持てないというのであれば
本当に世界の一部の人しか自信を持てない
ってことになってしまいますよね。

でも、実際にはそんなことはない。

能力的に全然ダメな人でも卑屈にならず
堂々と生きてたりしますよね。

それはなぜなのかと言えば
自信のある人というのは

やりたいと思ったときに

やりたいことをしてきた人だから

です。


もちろん、世の中、そうそう自分の
思い通りに行くことばかりではありません。
自信を持つために、すべてが思い通り
である必要は実際にはないです。

ですが、一定レベル以上に自分の思い通りになる
成功体験というものを積み重ねていない人は
卑屈で自身のない人になっていく。


最初に卑屈で自信のない子になりやすい
氣質の話をしましたが、実はこの成功体験をできない
という環境要因の方が強かったりします。

氣質によってなりやすい、なりにくいは
あるにしても、結局のところ、成功体験が
できなければ、どんな氣質の子であろうとも
卑屈になっていく。

現代の子どもが控えめで自信のない子が多いのは
この成功体験の少なさが最大の要因
と言っていいでしょう。


具体的な例をだしてみましょう。

ごくごく日常の一般家族の風景です。

スーパーに行って、子どもがおやつ欲しい!!
とお母さんにおねだりします。

でも、お母さんは金銭的理由、もしくは
子ども健康状態を案じて、「ダメよ」と
子ども要求を否定します。

これによって子どもの成功体験は一つ失われます。


成功体験というのはこういう日常の
なにげない一幕の中にたくさん隠れています。

一つ一つは小さな、取るに足らないことのように
思えますが、これが積み重なると
本人の中の自信が失われ、卑屈になっていく。

だからと言って、何でもかんでも
「いいよ」「いいよ」と許していいわけでも
ないのが難しいところです。

やっぱり、子どもに害のある事
現実的に金銭的に不可能なことは
拒否せざる終えません。

それでも、子どもの心のバランスを
考えながら、ある程度の妥協点を
探していかなければいけないと思います。

おやつが子どもの体に害をなすというなら
代替品の手作りおやつを用意するなど
いろいろ工夫が必要です。


さて、現代で成功体験が少なくなっている
というのは何が原因なのでしょうか。

昔の日本の方が、よほど厳しく
子どもの言動は制限されていたような
イメージがありますよね。

実際、そうだったと思います。

けれど、昔の人は今ほど、自信のない人
というのはいなかったと思います。


実はこの問題のさらに深い根っこに
あるのは、食と健康の問題にあります。

昔に比べて、食が贅沢になり
運動する機会が減ったことで
自然と、体と心が弱まってしまった。

昔の人はどんなに叱られようとも
どんなにダメと言われても
反骨精神をもって、自分の我を押し通してきた。

それが良いことなのかどうかは別として
昔の人は自らの強い体質と精神力でもって
無理やり成功体験を積み重ねるということを
してきたわけです。


そういった時代的な背景があって
現代の状況は出来上がっています。

ある意味、食が世界を変化させ、支配している
ということができるわけです。

マクロビを勉強していた時も
思いましたが、食の力は絶大ですね。


今回は子どもにフォーカスしましたが
そうやって大きくなった大人にとっても

「成功体験」

はとても大事なことです。

将来のことを考えて、我慢に我慢を重ねて
自分のやりたいことを押し殺して生きていると
自信のない人間になってしまいます。

現実的な問題は問題として
ちゃんとお金の管理も、健康、体力面の
管理もしなければいけないですが

どこかで妥協点を見つけて
時に、ちょっと思い切った決断をして
自分のやりたいことを実現していく

ということは、人生を豊かに幸せにする
大きなカギとなることでしょう。

みなさま、ご自愛ください。
 

 

今日も、陰陽の知恵を学んでいただき
ありがとうございます。

また、次回、お会いしましょう。


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