世界一周
あしたから
18か国目
最後の国 JAPAN です。
つまり
帰国します
でも。
浅草の合羽橋道具街近くにある
ユースホステルに泊まります
この旅で数えきれないほどの
ユースホステル・安宿に泊まりましたが、
安くてもけっこう快適で、
何よりその国らしさや素敵な雰囲気を
まとったユニークな宿が
たくさんありました。
我が国日本にも
海外からの身寄りのない旅人を
こんなに温かく迎えてくれる
優しい安宿があるのだろうか?
そう思って調べてみたら。
気になる宿があったのです。
レトロメトロバックパッカーズ
http://retrometrobackpackers.com/
旅人目線で東京を、日本を見よう
という試み
バックパックを背負って
寒い東京をそぞろ歩く
変な日本人を見かけても
どうか冷たくしないでください・・・
美味しいウナギとうどんが食べたい
ニュージーランド
オークランドにて。
8月以降これまでの足どり
カナダ モントリオールを3日間だけ訪ねる。
トロントへ戻ってニューヨークへ飛ぶ
アメリカ ニューヨークマンハッタンのすぐ隣のブルックリン地区に2泊。
ブラジルへ飛ぶ。
ブラジル サンルイスという北東部の都市へ。
そこを拠点にバヘイリーニャスという小さな村へ。
今回の旅の大きな目的地だったレンソイスマラニャンセス国立公園へ。
サンルイスに戻り、フォルタレーザへ数泊。
ポルトガルリスボンへ飛ぶ。
ポルトガル リスボン。人生初めてのヨーロッパ上陸。
これが8月19日。
南北アメリカ大陸、かなり駆け抜けた感じです。忙しい旅程。
次来るならもっとゆっくり旅をしよう。
ポルトガル リスボンに長めに滞在。
気に入ったユースホステルを拠点にいくつかの街を訪ねる。
ヨーロッパの進み方を全く決めていない状態。
とりあえずモロッコを目指して南下することに。
ファロという港町で味噌汁をすする。
スペイン いつのまにか国境を越えてセビリアへ。
モロッコへの玄関口、アルヘシラスへ行く、
そして船に乗ってアフリカ大陸へ。
モロッコ イスラムの国に初めて行く。
10日間程いくつかの都市を周遊。
サハラ砂漠でラクダに乗ったりもした。
8月31日から9月9日まで。
スペイン モロッコを出てスペインに戻った瞬間、「帰って来た」と感じた。
近代的な文明の中に帰って来たというあの不思議な感覚が印象的。
モロッコ、あれは夢でも見ていたんじゃないかという
不思議な感覚を引きずったまま
スペインのいくつかの街をこれまた駆け足で周遊。
ロンダ、グラナダ、マドリッド、トレド、セゴビア、
バルセロナ、フィゲロス。
スペインはとっても楽しい国。
この中では特にバルセロナが好きだった。
スペインに絞ってまた違う機会にゆっくり旅をしたいと思う。
フランス バルセロナからマルセイユへ夜行バスでフランス入国。
大学院時代の友人、クレアさんに再会。
数日間、お世話になる。
TGVでパリへ。母と合流。9月末のこと。
初のパリでベタな観光をする。
オルセー美術館が好きだった。
イギリス ユーロスターでロンドンへ。
ロンドンは予想に反してパリより好きだった。
美術館・博物館が充実!
母が帰国。
私は数日ロンドンにステイして周辺の街をいくつか見た後、
アイスランドへ飛ぶ。
アイスランド 10月8日レイキャビク着。
翌9日はジョンレノンの誕生日。
ここ数年恒例のImagine peace towerの点灯式という
ちょっと特別な日だった。
グリーンランド(デンマーク) 10日の便は悪天のためフライトキャンセル。
11日の便でグリーンランド入り。そして3週間滞在。
アイスランド 10月31日、レイキャビクに戻ってくる。
年に一度のMusic Festivalにたまたま重なった!
のはラッキーだったけど、
安宿がまっっったく空いておらず
一晩泊まるところを探すのに大変苦労した。
現在11月5日、月曜日。PM3時になろうというところ。
レイキャビクはこれまで行った中で住みたい街ナンバーワン。
これから行く予定の国は、
この後8日にデンマークへ、その後イタリア、クロアチア、セルビア、ブルガリア、トルコ、インド、スリランカ?、タイ、ラオス?、ベトナム?、香港、ニュージーランドです。
そんなわけで元気に旅を続けています。
写真をたくさん載せるブログを作るのはなんだかんだで半日がかり・・・
なかなか時間を取ることができずにここまで来てしまいました。
でも今後、訪ねたすべての都市についてモントリオールから順番に必ず書きます。(つまりブログ内で旅が終わるのは帰国後しばらく経ってからになると思います。)
写真を1枚だけ。
小学生の頃からずっと見たかったオーロラ、グリーンランドで見ました!
10月16日。
7月27日


夜8時20分
VIA Rail Canada カナディアン号にて
バンクーバーのPacific Central 駅 を 出発!
出発するとすぐに日が完全に沈み、バンクーバーの街の光も次第に遠ざかって、暗闇に。その日はそれで終了。
夜ごはんがあるのかと思って、当てにしていたら、なかった・・・
でも大丈夫。この列車には、行けばいつでもコーヒー、紅茶、ビスケット、時間帯によってはマフィン等の軽食を自由に食べてよい嬉しい車両があった!
夜間はけっこうスピードが出ている様子。寝台の上段で寝ていると上下左右にけっこう揺れを感じます。だんだんそれにも慣れて、むしろ楽しくなってきて、いつのまにか眠りにつきました。

今回のルートはこの赤い線
4泊5日(5日目の朝にトロント到着)です。
車内アナウンスはすべて、まず英語で、次にフランス語!
カナダでフランス語を聞くとは、全くイメージしていませんでした。
調べてみると、カナダはニか国語主義。カナダにおいて、英語とフランス語が平等な立場にあるということが法律で定められているんだそうです。
フランス語はカナダの東側で話されています
フランス語を第一言語としていて、英語は通じませんという人も、東側にはたくさんいます。両方話せます
という人もけっこういます!実際、バンクーバーからトロントに移動してみると、明らかにバンクーバーでは感じられなかったフランス語の気配があらゆるところに存在しました。(特にモントリオールは完全にバイリンガルな都市でした。)
7月28日
朝5時くらいに目が覚めました。あまりにもシーンとしているので、仕方なく二度寝。7時になっても8時になっても、まだシーンとしています。朝ごはんはいつなんだろう。食堂車が隣だったので、カーテンから顔を出して覗いてみると・・・
すでにみんなもりもり食べてる!
慌ててベッド上段から下りて食堂車へ。そんなに慌てる必要はありませんでした。7時頃から朝ごはんは始まり、起きた順に入れ替わり適当にみんなごはんを食べるという具合でした。
朝ごはん
この28日朝のオムレツ美味しかったですー!
じゃがいもとかベーコンとかオニオンとかいろいろ入っていて♪
しかもこんな景色を眺めながら♪
この列車は、たぶんこの旅一番の贅沢です・・・
そしてこのときはまだ、朝食のパンをこっそりカバンにしまって昼ごはんにするというような苦労を知らない頃です。今では、ラウンジからビスケットやクラッカーをたくさんパクって来れば良かったなーと思っています。
この最初の朝食で席が一緒で仲良くなったのが、モントリオール在住、中国人のソフィー!
この食堂車はすべて4人掛けのテーブル。なのでだいたい1人者の私は誰かと相席になって、その度に食事付き英会話教室みたいなことになります。毎回新しい「先生」で、先生の国籍も様々。。。オーストラリアから来たという老夫婦の英語が一番聞き取れなかった!
▲ある日の食堂車のようす
しかしそんなときソフィーがいると、なんとも心強い。ソフィーはカナダにもう3年くらい住んでいる大学生で、英語が達者!私が聞き取れないときは、簡単な言葉でゆっくり説明してくれました。しかもときどき片言の日本語も話してくれます
一緒にいるときは「そうですねー」ってよく言ってました。何かと物知りなので、片言英語の世間知らずな私との会話でも、なんというか、話がはやい!おかげでいろいろなことを話すことができました。
ランチ
11時。朝ごはん食べてからそんなに時間が経っていないのでサラダにしました。そうそう、毎回食事は数種類から選べるようにメニューがあります。どれを選んでも大体美味しい♪
食後のコーヒー
さて2日目のこの日(7月28日)、列車は山岳地帯を走っています。
下の写真はパノラマカーの天井。
食堂車、客室のある車両、この他にパノラマカー+ラウンジの車両があります。二階がこのようなパノラマカーです。食事以外の時間は多くの人がこの車両に集まりがちです。一階がラウンジで、いつでもコーヒーやお茶を用意してくれているところです。私が移動してよい車両の範囲内には2つ、この車両がありました。それぞれに、この車両のラウンジ担当が1人いて、とってもフレンドリーです。
▲ラウンジ担当のMARTINさん
パノラマカーからの眺めです


そうこうしていると、15時30分頃、なにやら放送が流れて、パノラマカーから人がはけていきます。聞き取れなかったー。なんだろう。。。
最初の乗降駅、ジャスパーに着いたようです!
私は降りないけど、自分の席に戻りました。
相席だったジョセフおじさんがジャスパーで降りると言っていたのを思い出したからです。
短い間でしたが、お会いできてよかったです♪
この旅には一緒に過ごした時間はとても短いけれど印象的な出会いというものがいくつもあります。これからもたくさんあるでしょう。
ジャスパーで停車している時間は40分程か。このまま乗り続ける人たちも降りて散歩してきてよいとのことだったので、もちろん降りてみました!
こんなに長い列車だったのかー!改札まで歩くのもなかなか長い・・・・
▲ ジャスパー駅
▲駅周辺のお店が集まっているエリアから
ジャスパーで降りる人たちの多くは、カナディアンロッキーの大自然が目的です。私もいつか改めてカナダに来るときは、ここを拠点にもっと山を歩きたいなと思いました。
ジャスパー駅からジョセフおじさんの代わりに乗車してきたサルがいます。その名もジャスパー。ジャスパーの小さなお土産屋さんで、「この小さな町ジャスパーから出て世界を見てみたいんだ!」と目を輝かせてこちらを見ていたので、連れて来られたラッキーなこざるです。
ジャスパー駅を出発した直後の景色は特にきれいでした。



車窓を眺めていると、メラニーさんという女性のスタッフがクレヨンと紙袋を配りに来ました。
列車内では、時間がたっぷりあるので、いくつかレクリエーションが企画されていて、そのひとつがART CONTEST ! でした。 赤・青・黄の三色のクレヨンと紙袋、これに何か描くようにとのこと。(任意参加)
子供たちにまじって、もちろん参加!
そうこうしていると、まだまだ明るいのにもう夜19時!
カナダは緯度が高くて本当に日が長い!!!
ディナー
このブログを書いていたら、本当におなかがすいてきました・・・。
いいなあ!このときの私!

ごはんが終わる頃にはまた座席がベッドに変わっていて、枕元にはチョコレートが一個置いてありました。
美味しいごはんを食べて、美しい景色を眺めて、本読んだり音楽聞いたり昼寝したりして、また美味しいごはん食べて、シャワー浴びて、また寝て・・・というなんともグータラした生活です。
※この日はタイムゾーンが2回変わったような気がします。変わった時点で放送が流れます。またラウンジに各タイムゾーンの時刻が表示されているコーナーがあるので、そこで今どのゾーンを走っているかを確認してから自分の時計を合わせれば、ごはんの時間をまちがえることもありません(ごはんの時間は重要!特にディナーは1回目、2回目、3回目と時間がしっかり決まっている)。
7月29日
朝起きて7時に食堂車へ行ってみました。
今日はまだあまり人がいません。
今日は昼ごはんがなくて、ブランチらしい。
昨日までと明らかに車窓からの景色が変わっています。夜の間に完全に山岳地帯を通り抜けて、大平原を走っていました。

山もいいけど草原もいい。
アートコンテストの子供たちの作品・・・
▲電車がトンネルから出ているところ
▲素敵な絵がたくさんありました!
食事の合間にまたパノラマカーで景色を眺めて写真をいっぱい撮ります。
窓がもうちょっとクリアだったらうれしいなあ。。。とみんな言ってました。
傷や汚れがちょっと目立ちます。




さて、今日の停車駅はMELVILLE

ラウンジ担当のMartinさんが、MELVILLE到着直前にラウンジの客に英語でうんちくを語っていました。一生懸命耳を傾けましたが、ちょっと聞き取れませんでした。 ただTITANICという言葉だけキャッチ!
カナダのこんな大平原のど真ん中の小さな村の説明にタイタニック・・・?どうしても気になったので、後からMartinさんに再度ゆっくり説明してくださいとお願いしてみたら、快く応じてくれました!
この町の名前は、Charles Melville Hays (May 16, 1856 – April 15, 1912)という人物にちなんで付けられたものだそうです。彼はカナダの鉄道会社の社長でした。この小さな町も、鉄道の沿線に彼が資金を持ってきてできた町です。彼の夢は、カナダに超豪華な大陸横断鉄道を作ることでした。彼はラグジュアリーとは何なのかを見るために、1912年4月、イギリスからカナダへの帰国の際、タイタニック号に乗船し、夢半ばにして命を落としてしまったのだそうです。
思えば今年はそれからちょうど100年。VIA Rail CANADAのカナディアン号を見たら彼はどう思うでしょうか。タイタニック号程のラグジュアリーでは決してないけれども、これで少しでも彼は報われているでしょうか。もしかしたら俺ならもっと素晴らしい豪華な鉄道を作るのに!と悔しがっているかもしれません。
※彼の話は、英語で検索したらオンライン上にけっこうたくさん出ていました。
その後、Martinさんが、もう向こうのラウンジで今ビールのテイスティングをやってるはずだから行ってきなよ、と強く勧められて、ソフィーと一緒にビールを飲みに出かけました。
そしてそのまま1000ピースパズルに2人ではまりました。
この日の夜遅く、列車はWINNIPEGという街に着きます。ここでも人の乗り降りがありますが、なんとスタッフもこの駅で全員入れ替えになりました。それは知らなかった・・・。
7月30日
食堂車へ朝食を食べに行くと、昨日までのスタッフが誰もいなくて、知らない人ばっかりになっていました。新スタッフにしてみても、知らない客ばっかりなので、なんとなく全体的によそよそしい寂しい雰囲気になってしまっていて、ちょっと残念!朝食のオムレツの味も、明らかに前のスタッフのが美味しかった!!!このまま馴染む前にトロントに着くでしょう。
この日も1000ピースパズルにみんな夢中です。
この手前の男の子は5歳くらいだったかな。お母さんと2人で乗っていました。誰かに似てる、どっかで見たことがある、と思っていたら、子役の加藤清史郎くん(子供店長)にそっくりでした。途中から清史郎くんは眠いと言って、お母さんにくっついてベッドに帰っていきました。明日の朝にはもうトロントに着いてしまいます。最後は私たち大人が夜遅くまで起きて、4人がかりで仕上げました(笑)
7月31日
完成!
(3ピースほど、欠けていましたが)
これで心残りはありません!
だんだん「街」が見えてきます。
トロントのシンボルCNタワーが見えました。
到着。
▲最後に相席だった方
トロントには1時間程遅れて到着。
この後がちょっと大変だった。
遅れての到着にも関わらず、預け手荷物の受け渡しがなかなか始まらない・・・・みんなイライライライラ・・・・・・到着後、荷物を受け取るまで約1時間ここで待ちました
▲こんな感じ
WINNIPEGから乗車して、一度ランチでご一緒だった老夫婦は、そのときから「サービスはWINNIPEG滞在中のほうが上級だったよ。」とぼやいてたけど、ここで暑い中待たされて、完全に呆れ返っていた。おじいちゃんのほうは首を左右に振ってほっぺたをプルプルさせながら
"Unbelievable!!!"と言っていた。
荷物が遅いのには明らかな理由がある。
飛行機のようにベルトコンベヤーで荷物が流れてくる方式ではなく、なんと、列車からひとつひとつ降ろして、それをいくつかまとめてタイヤの付いた荷台で人が運んで、エレベータで駅内まで降ろして、それを受け渡し場所までまた荷台で運んで、受け渡し場所の2段くらいの棚の内側から一個一個並べていく、それを客が外側から受け取るという、効率の悪いやり方をしているから!
おじいちゃんはこれについて、これはまるで20世紀だ!!!と言っていた。
VIA Rail CANADA ラグジュアリーというより、フレンドリーな居心地のよいサービスとカナダの素晴らしい景色を満喫しました。(もしラグジュアリーだったら私のようなみすぼらしい旅人は乗っていられなかったです。)
大陸横断鉄道の旅、終了
また乗りたい
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さてトロントのユニオン駅に到着。
さて、今日は泊まる宿を探して明日からの計画を立てないと!(カナディアン号の中では一切インターネットがつながらなかったので。)まずWIFIの飛んでいるカフェを探します。駅のすぐそばにスタ―バックスコーヒーを発見。宿の目星を付け、トロントの街の地図をなんとなく頭に入れます。
お昼過ぎ、急な土砂降りに見舞われました。トロントでは3日くらいしかいなかったのに、この土砂降りに2回くらい遭いました。
雨の中やっとたどり着いた宿では、満室で門前払いでした。めげずに雨宿りをしながら次の宿へ(大きな荷物があるととても遠かった!)。いつの間にか、さっきまでの通り雨がうそみたいにきれいな空 ♪
やっと着いた宿。感じは悪くない。ちょっと騒がしい感じ。MIXED(男女混合部屋)なら空いてるとのこと。荷物は重いし、たった1泊だし、もういいやと思ってそこに決定。
これまでは少し高めでも女子部屋を選んでいたけれど、初めて混合部屋。とはいえ、ミックスだから女もいるんだろう・・・・と思っていたら、
完全な男子寮。。。別に悪そうな人はいなかったからOKです。みんなが寝静まった頃、部屋に戻って寝て、みんなが起きる前には部屋を出ました。
その後のホステル探しでは、MIXEDでも結構女性がいることが判明。どんな人と同室になるかによりますが、基本的に大丈夫♪
列車の中で会ったいろんな人に、トロントはただの大都会でそんなには見るところがないよと言われました。当初6泊くらいしようと思っていましたが、「長すぎる、トロントで何をするんだ?」と言われました。そして皆口々に、トロントよりモントリオールのほうが私は好きだと言います。 トロント < バンクーバー < モントリオール というのが、ソフィーの意見。
それならば、モントリオールに行こう!!と決めました。
ソフィーは列車を降りてその日にモントリオールに帰ったので、私は翌朝追いかけてモントリオールへ行き、ソフィーと再会することにしました。
▲次の街に思いを馳せるジャスパー
続く・・・
みなさんブログの更新が少なくてすみません
現在、ポルトガルのリスボン。
元気に旅を続けています
******ブログは・・・カナダビクトリアまで遡ります*****
7月26日
羊のスカーフ捜索事件 のあとは、平和にビクトリア観光をすることができました。ダウンタウンはそんなに広くなく、徒歩で十分歩いて回れる範囲に見どころが集まってくれています。


写真のエンプレスホテルは私のようなみすぼらしい恰好の旅人には入れない雰囲気が漂っていたので入っていませんが、アフタヌーンティーが人気だそうです!
街角でバイオリンを奏でる女の子2人。
大学生くらいかなと思われます。
ビクトリアの雰囲気をより華やかなものにしてくれています。
気候は、暑くもなく寒くもなく、日差しは強いけど、海からの風が涼しい・・・といった感じで、日本の秋晴れの日を思い出しました。
家があっても公園で昼寝したくなるビクトリア。
朝から晩までカモメの鳴き声が聞こえるビクトリア。
いいところです。
7月27日 ビクトリア最終日
ブリティッシュコロンビア州の風土や歴史が学べる
ロイヤルブリティッシュコロンビア博物館
ビクトリアに来たら、ぜひここへ行ってみてください。
かれこれ3時間は楽しめると思います!
↑チケット売り場
ちょっと高い・・・常設展・特別展・IMAX全部で31.15ドル。
でもこういうのにはお金を惜しまず使いましょう♪という方針です。
2-3階の常設展は、
ブリティッシュコロンビア州の自然・生き物の展示、先住民に関する展示、200年前の再現された街並みを歩けるコーナー、ゴールドラッシュなどBC州の開拓の歴史を解説してくれる展示・・・などの内容です。
200年前の街並み。
当時の鉄道の駅。待合室に入ってしばらく座っていると・・・
ゴトンゴトン・・・
列車が近づいてくる音が・・・
近づいてくるよ!
通過中・・・
音と光だけです、列車は見えない。
一緒に居合わせた子供たちは大喜びです♪
その後ろで私も大いに楽しみました。
こうやって見る側の想像力を利用して、音と光だけで列車を走らせるという発想がすごいですね。海外の博物館はこういうのが楽しい!
本物の森の中のようです。
海岸のアザラシたち。
飽きることのない常設展です。
1階は雰囲気のよいカフェ、ナショナルジオグラフィックのショップ、それからIMAXという映画館のようなところがあります。このIMAXでは1回が45分の迫力満点のプログラムを上映していて、私が行ったときは5つのプログラムが代わる代わる上映されていました。
To the Arctic
Rocky Mountain Express
The amazing Spider-man
Dinosaurs
Born to be Wild
どれにしましょう!
時間とお金があれば全部見たいけれど・・・・
私は特に鉄道に惹かれました。ロッキ―マウンテンエクスプレス!これを観ました。
カナダはこのように西側がそれはそれは険しいロッキー山脈なので、これを横断する鉄道を通すというのは非常に大変で命がけの、不可能に近い工事だったというような話から始まります。1800年代後半の話です。実際、この工事には多くの犠牲が伴ったそうです。特に中国人労働者の労働環境は過酷で、安い賃金で最も厳しい現場で働かされていたそうです。このことについて近年、カナダ政府が中国に対して正式に謝罪をし、この貢献がなかったら今のカナダはなかったと感謝の意を表したのだそうです。
この写真は、最後の1本のスパイクを打ち込んで初のカナダ横断鉄道完成!という式典の写真です。この鉄道の開通により、カナダ東側とバンクーバーが直結し、それはその後のカナダの発展に大きな役割を果たしました。
The last spike (November 7th, 1885)
現在でもこの地は The Last Spike カナダ横断鉄道完成の地として記念碑があり、観光で訪れる人も多いようです。それほどカナダの歴史上、重要な出来事。
開通後も、カナダ横断鉄道は厳しい自然の中、山岳地帯を走っていることに変わりはなく、大きな雪崩で線路が寸断された事故が起きるなど、困難もたくさんありました。
そんな長い歴史のあるカナダ横断鉄道。
映像も素晴らしく、
勉強になった45分間(英語だったので100%は聞き取れていませんが・・・)でした。ロイヤルBC博物館とその中にあるIMAX、おすすめです
カナダ横断鉄道、乗ってみたい!!!
なんとよくできた計画的な旅行でしょうか。
(たまたまです。)
その日の夜にバンクーバーを出発の4泊5日カナダ横断鉄道の切符を手配済みです♪
ビクトリアを後にし、バスに乗り~船に乗り~またバスに乗って、バンクーバー市内へ戻りました。ウィスラー行きのバスが出ていたバスディーポにまた戻ってきました。
ここから、VIA RAIL CANADAという鉄道会社の運行しているカナダ横断鉄道が出ています。
私は日本で出発前にVIA RAIL CANADAのサイトで直接予約しました。いろいろな席があります。エコノミー(普通の座席のみ)、朝昼晩の食事付寝台車両(一人個室、二人個室、寝台の下段か上段)。私の席は、寝台上段(下段より安い)のディスカウント料金で、日本円で85000円弱!ちょっと高かったけれども、エコノミーもそんなに安くはなくて、4泊をベッドなし・椅子の上、食事もなしで50000円・・・。エコノミーのほうが逆にもったいない気がして、寝台の中で一番安い席を選びました。
駅の中はすでに出発を心待ちにする人たちでいっぱいでした。
予約確認書を渡して切符を受け取ります。

大きな手荷物は飛行機のように預けます。
寝台のお客さんは待っている間、ラウンジに入れます。ラウンジに入ると

VIAの制服のネクタイをしめたクマがお出迎えしてくれていました。
ラウンジ内でコーヒーを飲みながらこれから乗る車両を眺めながら待ちます。
いよいよ乗車!
私の席はここ。上の3と書いてある部分が開いて、上段のベッドになります。下段は窓あり、上段は窓なし。だから上段の方が安いんですね。
列車が出発して、ひと通りうろうろ探険して



席に戻ると座席はすでにベッドになっていました。
ゴトンゴトン・・・と寝台列車の心地よい揺れを背中に感じながらぐっすり眠りました。でも何か恐ろしい夢を見たような気もします!
・・・そういえば、バンクーバーを観光するのをすっかり忘れていたなあ・・・
まあバンクーバーならいつでも来れるし、元会社の先輩がいるからたぶんまた行くし
次回はカナダ横断の様子を書きたいと思います

最後まで読んでくれてありがとうございます!
次回もお楽しみに!
次回はいつになることやら。
今リスボンに着いてとってもいい街で
ネット環境もよくて
いつもより長居しようと思っているので
近いうちに☆☆☆
期待しないで待っているよ。
はい、がんばります!
ビクトリア2日目

ちょっと訳があって、
ダウンタウンから離れた住宅街を
歩いています。
観光客は絶対に来ないようなただの何もない住宅街。
でもそんなところにも花がいっぱい。




どのお家もひとつひとつ個性的で、
それぞれ庭があって花が咲いています。
庭で花を育てるのは、この辺の人にとっては最低限の身だしなみのようなものなのでしょうか。花がない家を見つける方が大変です。
のどかな住宅街で
花の写真を撮るのに夢中になってしまいましたが
大事な目的が・・・
早く辿りつかなければならない場所があります。
****************************
前日夕方。
ビクトリアに到着し、初のユースホステルに無事チェックインして、部屋に入って荷物を整理しているときのこと・・・
(あれ、ないぞー?)
がさごそ・・・
(スーツケースにも、サブバックにも、床の上にも落ちてないし・・)
(今日確かに使った覚えはあるんだけど・・)
(どこにもない!どっかに落とした?!)
日本ならまだしも、海外で落とし物・・・
見つかるはずがない・・・あきらめるしかない。
実は私は日本でも落とし物・忘れ物が得意です

傘を買っても1年と持ちません。
必ずどこかでなくします(だから基本ビニール傘)。
でもよりによってあれを無くすとは・・・(ノ_・。)。。
無くしたものは仕方ない、散歩にでも出よう!
散歩に出たけど、気分が晴れない・・・
失意のビクトリア。
ベンチに座って、記憶を辿ってみる。
バンクーバーからビクトリアへの船の中で、サブバックにちゃんと入っている映像が頭の中にはっきり残っている。次にそれを取り出したのも覚えている。それからどうした?
--- 記憶途切れる。
また別の記憶。バスに乗り込んで座ったときに暑いなーと思って首に巻いてたそれを外した、そして膝の上に置いた、気がする。いつどこで乗ったバスだっけ?
--- 記憶があいまいすぎて分からない。
もうひとつ別の記憶。何かの窓に映ったそれを巻いた自分の姿をみて、我ながら暑そうな恰好だなぁとあきれた覚えがある。
!
そこまで考えてから、デジカメを取り出した。
何か写ってないか?
船の中。
続いて、
下船後の二階建てバス。
乗り込む直前にバスを横から撮った写真・・・
拡大→拡大→拡大!
あった!
この写真を拡大すると、
窓に写真を撮っている私の姿が写っていて、
たしかにそれを身に着けています!
(systemのyの下くらい。このブログの写真の画質では見えないと思う。)
記憶より、記録!
このバスに乗ったとき、
暑くてそれを首から外して膝の上に置いた。
そしてバスに揺られてうとうとしていた。
(たぶんこの間に膝から落ちたのか。)
ふと気づいたらもう、
ダウンタウンらしきところを走っていた。
半分寝ぼけたまま、
どこで降りるべきか、
方位磁石と地図と道路標識と、
にらめっこしていると急に、
バスの運転手が、
"...next stop is Johnson St." とアナウンスした。
ジョンソンストリート!
宿の近くの通りの名前だ!と思い当って、
かなり慌てて下車した。
このバスに忘れてきた可能性が高い。
ベンチから立ち上がって、
宿に帰ってインターネットを見てみた。
バス会社の名前がBC transitというのも
写真のおかげで難なく分かった。
公式HPの検索のところにlostと入れてみる。
するとLost&Foundという案内が出てきた。
もしバスの中で何か無くしたら&見つけたら、
こちらまで連絡を!と電話番号が書いてある。
カナダにも日本と同じように、落とし物を見つけたら拾って届けるという習慣があるのか。ついさっきも宿のフロントに「これ落ちてたよー」と何かを渡している人を見かけた。
もしかしたら見つかるかもしれない。
フロントに公衆電話の場所を聞くと、
宿内にあった。
さっそく電話をしてみた。
<カナダでの公衆電話のかけ方>
・まず受話器をとる
・市内でも市外局番から番号を押す(市外つまり長距離電話はさらに頭に1をつける)
・デポジットを入れなさいと音声が言うので入れる(ビクトリアでは50セントでした)
・市内はこの50セントで話し放題♪
※つながってしまうと入れたお金は一切返ってきません。1ドル入れてしまってもお釣りは出ません!
もう営業時間外になってしまっていた。
翌朝、また電話してみると今度は無事つながった!
◎hello こちらはBC transitのLost&Foundです。
◆ 昨日、バスの中でスカーフをなくしました(片言の英語)。
◎どんなのですか?(みたいなことを聞いてたんだと思う。)
◆(聞き取れなくて)なんだってー?
◎・・・・・何色?
◆あ、色ですね!赤です。赤と茶色の間くらい。
で、many sheeps are printed on the scarf.
◎Sheeps? Animal?
◆Yes. Animal の sheepsだよ。
◎あー、ありますよ。(と言われたのが最初聞き取れなかった)
◆なんだってー?(耳の遠いお年寄りのようです)
◎I have it here!(ゆっくり言ってくれた)
◆Really?! Thank you! Thank you!
◎いえいえ。取りに来ますか?
◆はい、行きます。どこへ行けばいいですか?
◎住所を言います。Five twenty Gorge, G-O-R-G-E,
take the bus number 11 to テリカム・・・
◆テリカム??それは地名?バス停の名前?
◎(何やら説明してくれているが聞き取れません)
◆私はパソコンは持っているので、住所が正しければそこへ行くことができます。(住所を復唱して)これで合ってますか?
◎OK. それで合ってるよ。
◆では行きます、わからなかったらまた電話します。ありがとう。
いやあ電話は難しいねー!
おかしな外国人でホントすみませんねぇ。。
そんなことより、あった
見つかった!嬉しくて小躍りしました。
拾って届けてくれた人、ありがとう。
Lost&Foundという部署を作ってくれた人、ありがとう。
BC transit最高!ビクトリア、なんていい街!
さっそくGoogle mapに言われた住所を入れてみる。
5-20 Gorge...
なにやら出てきた。
次に11番のバスの路線図をBC transit のホームページから探してみる。
ふむふむ終点あたりまで行けばよさそう。
行けば分かりそうな感じ。
・・・英語圏に慣れている方ならこの時点でもうすでに「あれーそれで大丈夫?」って思っておられるかもしれません。
その後、すぐに11番のバスを見つけて乗りました。
終点まで行くと、そこはショッピングモールでした。

乗ってきたバスの運転手のおじさんに事情を説明すると、 めんどくさそうに"In the mall!"とモールの中を指さしてぐんぐん進んでいくので、事務所みたいなところに連れて行ってくれるのかと思ってついて行ってみると、トイレに着きました。おじさんはただトイレに行きたかっただけでした。
おじさんの"In the mall"という言葉を信じて、しばらくモールの中を探しましたが、それらしきものはありません。おじさんの言ったことは無視することにしました。
もう一度、言われた住所が示す場所を確認すると、ショッピングモールから数ブロックだけ離れたところにあります。ここらへんに行ってみよう。
そんなわけで私は、ダウンタウンから離れた静かな住宅街を歩き始めたのでした。
****************************
さて「5-20 Gorge 」の付近に着いても、そこはただの住宅街でした。
あいかわらず花はきれいです。

そのあたりを歩いている人に何人か住所を見せて尋ねると、みんな力になってくれようとするけど、分からないみたい。
11番バスが通ったので飛び乗って、運転手さんに聞いてみました。運転手さんは運転しながら、反対車線の森の中を指さしてあっちだと言っているようです。そしてレシートのような紙切れを渡してここで降りるように言われたのでおりました。

絶対違うだろう、と思ったけど、
念のため森の中もチェック。

・・・でしょうよ。
でもしばらくして、最初バス代を払ったから切符のようなものをくれたのかと思っていてよく見なかったその紙切れを見てみると・・・
Lost&Foundの案内票でした!
そこには正確な住所が書いてあって・・・
正:520 Gorge Road East, Victoria, BC
(誤:5-20 Gorge)
five twenty って520のことだったんだ!
five hundred twentyかfive-two-zeroと言われれば分かっただろうけど・・・
正しい住所さえ分かればあとは簡単。
Gorge Roadをダウンタウンの方へ向かって、
つまり11番のバスで来た道を戻るように、
ぐんぐん歩きました。
5 Gorge Road East
↓
155 Gorge Road East
↓
243 Gorge Road East
↓
415 Gorge Road East
・
・
・
住所がだんだん520に近づいてくるのを確かめながら、まだかまだかと30分以上歩くうちに気がついたことがあります。あの紙切れをくれたバスの運転手さん、森の中を指したんじゃなくて、反対車線に渡ってバスに乗れって言ってたんだなぁ・・・(笑)

到着!


受付のベルを押すと、お姉さんが出てきて、片言の英語で説明を始めると、「ああ、あなたね」
みたいな感じですぐ持ってきてくれました。

これです、これです!
本当にありがとうございましたー♪
千代紙と片言英語のお礼のメッセージとチップを渡して帰りました。
ダウンタウンまでバスで戻ると、ほんの10分足らずくらいで着きました。
つまりダウンタウンから終点のモールまでの道のりの真ん中よりも少しダウンタウン側くらいが今回の目的地だったようです。
でもおかげで観光地ではないところにも行けて、湖や橋やきれいな花々に出会えたし、英会話教室できたし、何よりビクトリアを心からいい街だと思うことができました♪
カナダで落とし物をしても、あきらめないでください☆
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余談: 世界一周出発の前々日 福岡の実家にて・・・
母:ちゃんと旅の準備はできとうと?買い忘れたものとかない?
私:なんかねえ、大きめのストールが欲しいっちゃんねー。暑いところでは日よけになるし、乗り物で寒いとき羽織れるし、他にもいろいろ便利やけん。
母:これは?やるよ。
私:おっ可愛いね。いいとー?ありがとう。
母:(急に思いついたらしい)この羊に、行った街の名前と日付を書いていけば?記念になるっちゃない?
私:いいねー。この羊の数で足りるかねー。
母:足りるやろう。
・
・
・

これを書いてる今はBrooklyn, NY U.S.A. 6-8AUG 2012 です。
ニューヨークのマンハッタンではなくて少し空港寄りの街、ブルックリンにいます。
まだまだ名前のない羊がたくさんいます。

・・・旅はまだまだ続くのでしたー。
本日は、迷子の羊というより、迷子の私に最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。次回は花の都ビクトリアとその後バンクーバーに戻って鉄道の旅に出る、というあたりの内容になる予定です。
