それは日曜日の夕方の事だった。
家のベルが鳴り、寝ていた僕は重い腰(いや重い体)をあげて、玄関に行く。
扉をあけると、
40代男性が
「あ、あの~ すいません。 近所の者ですが~」
ん? なんだ? 引っ越してきたのか?
「実はうちの息子たちが大切な植木鉢を割ってしまったんです」
寝ぼけていたし、そもそもガーデニングは母親がやってるものだったため
状況が把握できない。
すると小学校低学年ぐらいの男の子と4歳ぐらいの男の子が頭を下げて
「本当にごめんなさい。僕が割りました」
「僕も割りました」
と謝る。
全く状況を把握しないまま謝られていたのだが・・・
そもそもこんな子供たちがしっかり謝っていることに驚いた。
小さい子供ほど謝るのには勇気がいることだと思うのだが、
しっかりと頭を下げて「ごめんなさい」と言ってるではないか!
「僕が自転車で植木鉢にぶつかって割りました」
としっかりと説明してる。
ぼ~っとしていた僕がようやく状況を把握した。
正直、植木鉢のことよりも子供たちの事の方が心配だった。
『ぶつかっちゃったのか~ 怪我はなかったかな? 大丈夫?』
すると
「僕は大丈夫だったけど・・・割ってしまって」
なんと正直で素直なんだ!!
本当は正直に謝ってる子供たちを褒めてあげたいぐらいだった。
親がいるので、悪いことしてるのに褒めてしまってはさすがに教育上よろしくないと思ったので、
言葉を選んだ。
『いやいや、怪我がなければそれでいいんだよ。植木鉢はそのままにしておいてね』
そしてその子供の父親が、
「本当にごめんなさい。 ほらもう一度謝りなさい」
と子供を僕の前に立たせる。
いやいや、もう本当にこんな子供を見れただけで胸いっぱいでもういいっす。
「ごめんなさい」
と頭を下げる。
『大丈夫だよ。怪我には気をつけてね。教えてくれてありがとう』
くそ~ いい子だなぁ~~
褒めたい気持ちと親が子供を教育してるから褒めるのを控えないとという気持ちがぶつかる。
これ以上、僕が言葉発すると余計な事言いそうだったので控えた。
そしてそのままその親子には帰っていただいた。
世の中にはこういったことで怒って弁償させる人もいるだろうけど、
小さい子供がやってしまったことだし、
怒られるかもしれないという不安の中でもしっかりと勇気を出して謝った子供を見て、
心が温まった。
『形あるものはいずれ壊れる』
そういっていつもうちの親は僕や妹たちを許してたなぁ~
などと思い出した。
・・・
しっかりと謝れる子供・・・ いいものを見たよ。
めでたし、めでたし!
しかし、この話にはまだ続きがあった。
どうやらその一連の流れをお隣さんが見ていたらしい。
お隣さんは植木鉢を割ってしまった子供がおどおどしているところから、
僕との会話の内容まですべてを聞いていたらしい。
次の日、母親に
「すべて見てたけど、なんかほのぼのとした出来事だったわ。
あの子供は本当に偉かったわ。なんかいいものを見せてもらった。
出てきたご主人も怒らないで優しく話してたしね」
おいおい
やっぱり僕の事をご主人って間違ってるじゃないか!
お隣さん・・・ いつになったら僕と親父を見分けられるんだ!?
(ぜんぜん似てないのだけど・・・)
いい話だったのにオチをわざわざつけなくてもいいじゃないか!!
