抑うつ症状のせいでしたいことや、しなきゃいけないことができない日が数えきれないほどあった。一日自由な時間があれば何でもできるだろう。朝から日帰りでUSJとかにも行って遊べるし、旅行や買い物ももちろん、家で買い溜めていた本を消化したりといくらでも思いつく。そのたびに自分が情けなくなり死にたくなることもある。そんなことを考えても状況は一向に変わらず、同じことの繰り返しになる。”後悔は人をネガティブにする”というのがよくわかる。


そんなときはいつもこう考えている。一日やそこら休んだところで人生の全体図から見ればどんなに些細なことか。もちろん一日一日の積み重ねは大事だが、だからといって休んではいけないわけではない。


具体的に数値化してみよう。ひどく憂鬱な気分で何もしたくない、でも一日がもったいないという時。一年は365日で、私は今24歳。平均的な寿命を考えて80歳まで生きたとしよう。とすると残りの人生は55年と少し、大雑把に55年で計算しよう。残りの人生の日数は365*55=20075日となる。
このうち一日休んだとしたら全体の何パーセントになるのか、(1/20075)*100=0.0049%となる。つまり残りの人生の0.005%である。


個人的な感想だが、0.005%と知ってこの程度なんだと思った。全体の1%にも満たない。1%になるのは200日間だらだらしてやっと1%になる。200日もだらだらしてたら逆に飽きて疲れてそう、他にしたいことが湧いてくるかもしれない。そう考えるとちょっと気が楽になった。調子が悪いときは効率が落ちるものだ、だったら調子のいい日に力を出してダメな日の分もちゃちゃっと片づければいい。


考え方、気の持ち方ひとつでけっこう変わるものです。一日の人生での割合も言われて初めて気づいた人が多いと思います。理解しているようなあたりまえのことでも、具体的に述べられると違った考え方を知ることができるのは面白いことだと思います。


だらだらしながらそういうあたりまえのことを再び考え直すのもいいかもしれません。