2013年に抑うつ症状を発症してから生活が大きく変わりました。がんばっていた勉強・研究ができない、したくない。朝起きれない。好きなことがしたくない(イラストを描いたり、ロボットを作ったり、本を読んだり)。特に日中の眠気がひどかった、大学の研究室にいてもほとんど寝てしまっている。数分作業してもすぐに寝てしまう。寝て起きても疲れも取れずスッキリしないため、また眠くなる。それの繰り返しで周りのみんなとは大きく遅れをとってしまった。
そして就職活動も本格的に始まってしまい、次々と求人票や会社説明会の案内が研究室に届いてくる。もちろん満足にできるわけでもなく、担当教授と就職課の人に相談をして就活を停止した。そのまま大学院に進学することを決めた。やりたい勉強や研究室があったわけではなく、2年間の猶予の間に体調が回復することを見込んでの決断であった。
研究も複雑なことはできずに、周りが手伝う形で研究成果を出すことになった。自分一人で考えて行動することすらできなくなっていた時期でもあったから。
結局4回生時では体調の回復は見込めなかったが、それでもたまに調子がいい時もあったり、早寝早起きがすんなりできたこともあったり、人から評価されるイベントなどもあったため、たとえ体が不安定でも少しでも解決しようと努力していたのではないかと思う。
症状がひどいときは対人コミュニケーションができなくなる。他人に伝えたいことがあったも自分からは言い出せないでいた。他人から話しかけられてやっと話題に出すことができていたほど。そして周りの声や音が気になる。集中しなきゃと思っても雑音などが気になって集中できず、果てには疲れ果てて寝込んでしまうことも。こんな状態でよく毎日研究室に行ってたなと思う。どんなに苦しくても無意識にがんばらなきゃと行動してたんだと思う。
もし今の自分が昔の自分にアドバイスできるとしたら、やっぱり休んでほしかった。一時期実家で休養をとったこともあったが、こうしてる間に周りは研究や就活をがんばっていると思うと居ても立ってもいられなかった。休学という手段もあるのに体に鞭を打って体調を誤魔化しながら頑張っていたんだと感じた。
たとえ何週間、何か月かかっても元の調子に近づくまで休養してほしかったな。学業や職探しからは距離を置いて、好きな映画を借りて観るのもいいし、思う存分布団にくるまって一日をだらだら過ごしてもいいし、実家で親に甘えて好物を用意してもらってもいいと思います。
目先のことだけ考えずに、将来を見据えた考えをしたほうが心も体にも優しい生き方ができるとこの2年間で学びました。
そして就職活動も本格的に始まってしまい、次々と求人票や会社説明会の案内が研究室に届いてくる。もちろん満足にできるわけでもなく、担当教授と就職課の人に相談をして就活を停止した。そのまま大学院に進学することを決めた。やりたい勉強や研究室があったわけではなく、2年間の猶予の間に体調が回復することを見込んでの決断であった。
研究も複雑なことはできずに、周りが手伝う形で研究成果を出すことになった。自分一人で考えて行動することすらできなくなっていた時期でもあったから。
結局4回生時では体調の回復は見込めなかったが、それでもたまに調子がいい時もあったり、早寝早起きがすんなりできたこともあったり、人から評価されるイベントなどもあったため、たとえ体が不安定でも少しでも解決しようと努力していたのではないかと思う。
症状がひどいときは対人コミュニケーションができなくなる。他人に伝えたいことがあったも自分からは言い出せないでいた。他人から話しかけられてやっと話題に出すことができていたほど。そして周りの声や音が気になる。集中しなきゃと思っても雑音などが気になって集中できず、果てには疲れ果てて寝込んでしまうことも。こんな状態でよく毎日研究室に行ってたなと思う。どんなに苦しくても無意識にがんばらなきゃと行動してたんだと思う。
もし今の自分が昔の自分にアドバイスできるとしたら、やっぱり休んでほしかった。一時期実家で休養をとったこともあったが、こうしてる間に周りは研究や就活をがんばっていると思うと居ても立ってもいられなかった。休学という手段もあるのに体に鞭を打って体調を誤魔化しながら頑張っていたんだと感じた。
たとえ何週間、何か月かかっても元の調子に近づくまで休養してほしかったな。学業や職探しからは距離を置いて、好きな映画を借りて観るのもいいし、思う存分布団にくるまって一日をだらだら過ごしてもいいし、実家で親に甘えて好物を用意してもらってもいいと思います。
目先のことだけ考えずに、将来を見据えた考えをしたほうが心も体にも優しい生き方ができるとこの2年間で学びました。