リニューアルスタートの「詩のあるからだ」オープンマイク
行ってまいりました。堅実に、まとまった会になっておりました。
今後にも注目!
ぼくは、さっそく、さくらさんの小説を読んできた。
やってみると端折るとこ難しくて、7分にまとめたいのに
10分以上の尺にしか出来なかったけど、やっぱり実際ライブで
読んでみると思ってたのと違う手ごたえがたくさんあるから
さらに、また別な場所で改良したバージョンを試していこう。
さくらさんの頭のおかしさは伝わったぽいから満足。ほっこり

オープンマイクが終わって、POPCORNの隅っこに固まった
ぼくたちは何かを、しゃべっていたね。
エトリカさんの朗読について、はゆさんは本人を前にして
「声の魅力に引っ張られて、詩の内容が入ってこないんですよね」
って言っていて、それって僕も思っていたことだけれど
誰かがそういうことを言うとき、どうもネガティブエッセンスが
入っているように感じられて、「いけないことなのかな!」って
思って。僕は、声が心地良いならいいじゃないか!と考えるけど
ひょっとしていけないことなのかな!って、心のどこかでは心配
だったからエトリカさん本人に直接は言えずにいた。
わりとみんな、きっと言えずにいたようなことを、はゆさんは
言ってしまっていて、すごかった。でも堂々と言ってるから
ネガティブバイブスはなくて「詩が流れていっちゃうー」って
ちょっと困ったように言っていて、エトリカさんは
「それで、いいよ。流れていけば、いいよ。」とか応えていて
安堵した。ハッとして、ホッとして、グッときて、パ
そうだ!そうだ!って思った。

あと、みんなに降神の話を、いっぱい出来て楽しかった。
いろいろエピソードを話すうちに「それはHIP HOPなの?」
て質問されると、うむー!てなるけど、なんでもいいよね。
ラップていうか、ほとんど唄っていても、語りでもいいし、
たまたま降神は韻が がしがし だけれど、いっさい韻を
ふまなくたって、いいと思う。それでHIP HOPじゃない!
って言われるなら、HIP HOPじゃなくていい。
本人たちが、どう思うか知らないけれど。

ぼくだったら、とっくに詩の朗読ではないけれど
「詩の朗読」がやりたいわけじゃなくて「何か」でありたい
いつだって「ナントカ」ていうジャンルが目標ではなくって
たとえば最新ネタ「さくらさんの小説」を読むときには
現代口語による落語をイメージしている。「落語」という
スタイルを踏襲するではなく、あくまでイメージだけど。
演劇と言わず、なぜ落語なのかという部分で、「演じる」
よりも「地の喋り」の魅力を重視している。
さくらさんの小説の原文を朗読するのじゃなく、それを
あたかも自分の記憶かのように思い出しながら「喋る」
やり方。 昨日のアクトでは、肝心な最後のパートで
演技っぽくなってしまった。 落語でいうなら最後の
「サゲ」のパート。どや顔を決めてもいいけど、
もっと感情を棄てて、クールにやりたい。

もはや詩の朗読である必要なんて、どこにもないよー。
ひとところに留まれなくて、くさりたくないから
次へ次へ。新鮮な水を求めて、飛びまわるよ。
けれど、長谷川節子さんのテキストなぞ読ませて頂くと
ひとところを極めていく凄みも、感じられる。
ぼくは、ぼくの「何か」が極まっていくのを期待してるし
君の「何か」に期待している。       …姫生、まだかなー?