はだかのスピーナ
ひとりではどこへもいけない
過ちで生まれたから
くちもきけないスピーナ
すぐ近くにいても
もう二度と会えないのかな
「女の子と男の子がいて、」とか言って
でも、ほんとうは世界には女の子しかいなくて
いたずらな女の子が泥を固めて人形を作って遊んでたら
女の子は泥人形にレイプされてしまって、それで
世界はこんな風になってしまったね。
世界は女の子2人で回ってる
ていう有名な真実があるけれど
壊れながら歩いた
夕暮れの中を
取り残された人形のすがたで。
あいかわらず現実の話を、あまり書かないほうがいいけれど
いつも嘘を書こうとして、結局9割くらいは本当のことしか
書けていないので、今日こそは本当を書くのですけれど
ちゃんと1割くらいは嘘なので心配しないで下さいね。
ガチホモという言葉は面白いですね。
ティッシュ姫の動画を追いかけていると笑えることがあります。
変態は面白いよねえ。離れてみているぶんには。
僕も少しは変態であると自負しているし、ガチホモていうか
性別は全然気にしないので、ティッシュ姫は女の子として好きです
男の子だからいいんだよ って意見もあって、そらそうよ。と思います
夢がある、と思います。男でも女でもいいから夢が見たいです。
だから、こくまろみるくさんも好きです。むしろ
いろいろ制約が多そうなティッシュ姫よりも、自由なこくまろさんが
魅力的かもしれないです。ティッシュ姫って、そもそも実在しないので
姫のなかのひと=こくまろさんでもキャノンボールでもいいけど、あの
ど変態の男が好きです。結果としては、たぶん。と言っても、ほぼ
見た目が重要な気がするから女の子として好きな気がするのだけれど
ああ、そうだ、女の子として好きだ!あの、ど変態男を女の子として
好きなんだ!ふーむ、なかなかに変態だミー。まんぞく!
話は変わって、あのひと、のことは男のひと、として好きなんです。
あのひとは、とっても女の子が好きで、女の子みたいな文章を書いたり
していて最初は、おかまやろう!と思っていたのだけれど、そのじつ
ぜんぜん女の子じゃなくって、あのひとはとっても泥人形だったから
どろにんぎょう!と思って、好きになっちゃった。かっこいかった。
そんなあのひとが、女の子と水族館に行ったりしていたらしくて
それって、つきあっている!と思った。
音楽だの演劇だの美術館だのは、なぜかまだ友達な感じがするけど
水族館に行くのは、つきあってる!と勝手に思った。けど今、こう
書いていて、別に友達でも、ありえるなあ。と思ったけれども。
なんだろ、勘!泥人形なりの勘で、ちょっと友達とチガウ気ガスユ!
って思った。だから、なんなんだろう。。わかんねー。
あまり話は変わらなくて、桜井さんがついったーで雪ノ下さんてひとと
討論っぽくなってたのを、ここ数日はらはらしながら覗き見していたら
よくわからないまま、どうやら終わったかもしれない。あとは2人が
私信なりでやりとりするかもしれない。最初から私信でよかったのだろう
ことだけれど、ついったーにて公開往復書簡してくれたおかげで、ぼく
みたいなキチガイも読むことが出来て、それは僕と僕に関わる未来にとって
幸いなことだった。はずだが、今もって、どういう話だったんだか、よく
わかってない。それは僕だけにとっての不幸だった。
あと桜井さん、神聖かまってちゃんを聴きはじめたとのこと。
まったく根拠無く予言させていただくならば1ヶ月で飽きるんじゃないのか
もし飽きないのなら、それは世代のせいにしたい。
世代はいつでも結構、関係がある。いろんなことに。
wounderboyとか、ともちゃん9さいは、かまってちゃん好きと思うけど
飽きてないかもしれなくて、わんだくんは若い。ともちゃんは9さいじゃなく
むしろ僕に近い世代だから、世代のせいじゃない。人としての資質の問題で
世代なんかは、いつでも関係がない。全てのことに。
僕は飽きたぞ。だいたいのものは、すぐ飽きるぞ。毛皮ズも、すぐ飽きた。
ティッシュ姫も、すぐ飽きる自信があるぞ。
鳥居みゆきは3年間飽きなかったから、たぶんそれは深く好きなのかも。
桜井晴也歴も、もう1年を超えている。ずっと、な気配がしている。
これ以上の、しあわせがありますか?
さくらさんの写真は、おもしろいだろう。そして時に美しい。
ぼくは初めのうち、YUKIを重ねていた。ていうかsleep。
桜井節で語るなら、さくらさんを見るふりをしてsleepを見ていた。
しっかし、いよいよsleepじゃねえよなあ!って思ったのは、
http://picasaweb.google.co.jp/55rapunzel/081226#
たとえば、こんな写真とかを見たからだった。
最初sleepと何が似てると思ったかといったら現代アートっぽい
おしゃれかわいいセンスだし、上の写真もアートっぽいけど
突き抜けている。sleepよりも芸術性が高い気がしちゃった。
ストイックじゃないですか?しらんけど。でも
美しいと思うことと好きだということは別だった。
ここでまた桜井さんの話になるけれど、桜井さんの話ばかりになるのは
とても自然なことです。しかたないでしょ。好きなんだし。
桜井さんは「芸術的だと言われるのが不愉快」というような事を言った。
ぼくは桜井さんの小説の感想として「おもしろいですね」とか笑えたとか
エンターテイメントだと思う!と言ったことがあるけれど、その時のそれは
芸術的だ!というのと、ほとんど同じことで、僕の中では「芸術的だ!」と
思っていたように思うし、桜井さんに感想を伝えるならば、そういうこと
「芸術だと感じた」と伝えよう!と思ってメッセージ書いてて、ぎりぎりの
ところで、なぜだか「笑えた」とか書いたんだと思う。あぶねー、とかって
思うけれど、言葉なんて、その程度のもので、信用ならない素敵なものだ。
好きだ。ってことを言いたいだけなのに、
なんだかとっても遠回りをしちゃうよね。
紙一重のところでチョイスしていくなかで、「芸術性うんぬん」よりも
「笑えた」っていう言い方のほうが愛しさが伝わるとでも思ったのかな
そんな綿密に考えて選んでないけれど、勘だと思う。泥人形なりの。
芸術性とも娯楽性とも関係なく、好きだということは別にあった。
それでも僕は桜井さんを好きだと思いたかったし
さくらさんの写真を好きだと思いたかった。
美しくって、そしてそれと関係なく、好きだ。って思った。
さくらさんは、かなり、ふざけたいひとだと思うけれど、
奇抜で過激で迫害されちゃうような、かわいい悪戯をしたい
ひとだと思うけれど、ストイックでもあって、でもいちばんに
僕が尊敬するのは、どこでも地面に寝転がったりするとこです。
つまり、ふざけまくっているときのモラルの無さです。
スピーナは、泥人形なんかじゃないですよ
かわいいコアラちゃんです。はだかんぼうの。
ひとりではどこへもいけない
過ちで生まれたから
くちもきけないスピーナ
すぐ近くにいても
もう二度と会えないのかな
「女の子と男の子がいて、」とか言って
でも、ほんとうは世界には女の子しかいなくて
いたずらな女の子が泥を固めて人形を作って遊んでたら
女の子は泥人形にレイプされてしまって、それで
世界はこんな風になってしまったね。
世界は女の子2人で回ってる
ていう有名な真実があるけれど
壊れながら歩いた
夕暮れの中を
取り残された人形のすがたで。
あいかわらず現実の話を、あまり書かないほうがいいけれど
いつも嘘を書こうとして、結局9割くらいは本当のことしか
書けていないので、今日こそは本当を書くのですけれど
ちゃんと1割くらいは嘘なので心配しないで下さいね。
ガチホモという言葉は面白いですね。
ティッシュ姫の動画を追いかけていると笑えることがあります。
変態は面白いよねえ。離れてみているぶんには。
僕も少しは変態であると自負しているし、ガチホモていうか
性別は全然気にしないので、ティッシュ姫は女の子として好きです
男の子だからいいんだよ って意見もあって、そらそうよ。と思います
夢がある、と思います。男でも女でもいいから夢が見たいです。
だから、こくまろみるくさんも好きです。むしろ
いろいろ制約が多そうなティッシュ姫よりも、自由なこくまろさんが
魅力的かもしれないです。ティッシュ姫って、そもそも実在しないので
姫のなかのひと=こくまろさんでもキャノンボールでもいいけど、あの
ど変態の男が好きです。結果としては、たぶん。と言っても、ほぼ
見た目が重要な気がするから女の子として好きな気がするのだけれど
ああ、そうだ、女の子として好きだ!あの、ど変態男を女の子として
好きなんだ!ふーむ、なかなかに変態だミー。まんぞく!
話は変わって、あのひと、のことは男のひと、として好きなんです。
あのひとは、とっても女の子が好きで、女の子みたいな文章を書いたり
していて最初は、おかまやろう!と思っていたのだけれど、そのじつ
ぜんぜん女の子じゃなくって、あのひとはとっても泥人形だったから
どろにんぎょう!と思って、好きになっちゃった。かっこいかった。
そんなあのひとが、女の子と水族館に行ったりしていたらしくて
それって、つきあっている!と思った。
音楽だの演劇だの美術館だのは、なぜかまだ友達な感じがするけど
水族館に行くのは、つきあってる!と勝手に思った。けど今、こう
書いていて、別に友達でも、ありえるなあ。と思ったけれども。
なんだろ、勘!泥人形なりの勘で、ちょっと友達とチガウ気ガスユ!
って思った。だから、なんなんだろう。。わかんねー。
あまり話は変わらなくて、桜井さんがついったーで雪ノ下さんてひとと
討論っぽくなってたのを、ここ数日はらはらしながら覗き見していたら
よくわからないまま、どうやら終わったかもしれない。あとは2人が
私信なりでやりとりするかもしれない。最初から私信でよかったのだろう
ことだけれど、ついったーにて公開往復書簡してくれたおかげで、ぼく
みたいなキチガイも読むことが出来て、それは僕と僕に関わる未来にとって
幸いなことだった。はずだが、今もって、どういう話だったんだか、よく
わかってない。それは僕だけにとっての不幸だった。
あと桜井さん、神聖かまってちゃんを聴きはじめたとのこと。
まったく根拠無く予言させていただくならば1ヶ月で飽きるんじゃないのか
もし飽きないのなら、それは世代のせいにしたい。
世代はいつでも結構、関係がある。いろんなことに。
wounderboyとか、ともちゃん9さいは、かまってちゃん好きと思うけど
飽きてないかもしれなくて、わんだくんは若い。ともちゃんは9さいじゃなく
むしろ僕に近い世代だから、世代のせいじゃない。人としての資質の問題で
世代なんかは、いつでも関係がない。全てのことに。
僕は飽きたぞ。だいたいのものは、すぐ飽きるぞ。毛皮ズも、すぐ飽きた。
ティッシュ姫も、すぐ飽きる自信があるぞ。
鳥居みゆきは3年間飽きなかったから、たぶんそれは深く好きなのかも。
桜井晴也歴も、もう1年を超えている。ずっと、な気配がしている。
これ以上の、しあわせがありますか?
さくらさんの写真は、おもしろいだろう。そして時に美しい。
ぼくは初めのうち、YUKIを重ねていた。ていうかsleep。
桜井節で語るなら、さくらさんを見るふりをしてsleepを見ていた。
しっかし、いよいよsleepじゃねえよなあ!って思ったのは、
http://picasaweb.google.co.jp/55rapunzel/081226#
たとえば、こんな写真とかを見たからだった。
最初sleepと何が似てると思ったかといったら現代アートっぽい
おしゃれかわいいセンスだし、上の写真もアートっぽいけど
突き抜けている。sleepよりも芸術性が高い気がしちゃった。
ストイックじゃないですか?しらんけど。でも
美しいと思うことと好きだということは別だった。
ここでまた桜井さんの話になるけれど、桜井さんの話ばかりになるのは
とても自然なことです。しかたないでしょ。好きなんだし。
桜井さんは「芸術的だと言われるのが不愉快」というような事を言った。
ぼくは桜井さんの小説の感想として「おもしろいですね」とか笑えたとか
エンターテイメントだと思う!と言ったことがあるけれど、その時のそれは
芸術的だ!というのと、ほとんど同じことで、僕の中では「芸術的だ!」と
思っていたように思うし、桜井さんに感想を伝えるならば、そういうこと
「芸術だと感じた」と伝えよう!と思ってメッセージ書いてて、ぎりぎりの
ところで、なぜだか「笑えた」とか書いたんだと思う。あぶねー、とかって
思うけれど、言葉なんて、その程度のもので、信用ならない素敵なものだ。
好きだ。ってことを言いたいだけなのに、
なんだかとっても遠回りをしちゃうよね。
紙一重のところでチョイスしていくなかで、「芸術性うんぬん」よりも
「笑えた」っていう言い方のほうが愛しさが伝わるとでも思ったのかな
そんな綿密に考えて選んでないけれど、勘だと思う。泥人形なりの。
芸術性とも娯楽性とも関係なく、好きだということは別にあった。
それでも僕は桜井さんを好きだと思いたかったし
さくらさんの写真を好きだと思いたかった。
美しくって、そしてそれと関係なく、好きだ。って思った。
さくらさんは、かなり、ふざけたいひとだと思うけれど、
奇抜で過激で迫害されちゃうような、かわいい悪戯をしたい
ひとだと思うけれど、ストイックでもあって、でもいちばんに
僕が尊敬するのは、どこでも地面に寝転がったりするとこです。
つまり、ふざけまくっているときのモラルの無さです。
スピーナは、泥人形なんかじゃないですよ
かわいいコアラちゃんです。はだかんぼうの。