あの人は言った。
「最後の授業だ。」

「いよいよ、この日が来たぞ。男塾、卒業式だ。」
そう言って、人生の先輩2人に呼び出され
ぼくは、ぴんさろに連れて行かれた。

たぶん、そういう展開かな、と思っていた。
風俗に連れて行かれるか、マリファナを奨められるか、かなと思っていた。
「レモンは風俗に行ったことがないだろうから、連れて行ってやろう!」
という兄貴心であり、実際ぼくは昔、芸人仲間達と風俗へ行ったりしなかった
その時の心境を、正確に説明することができない。当時なら説明できたのか?
どういう気持ちで、僕は酒を飲むこと、煙草を吸うこと、
ドラッグを摂取すること、風俗へ行くこと、などを断って生きたのか。
自分のことでも、わかりません。 でも、歳はとりました。
結婚して、子供も出来て、会社員にもなった現在は、会社の付き合いなら
風俗へ行くことも、あるのです。 という独白を聞かされた先輩2人は
「な~んだ。」と言って、それでもぴんさろに行くことになりました。

先輩Aは
おまえのためだぞ! と言いました。
おまえのために行きたくもない風俗へ! と。

40分6000円、駅前の格安店。
暗い店内、待合室にはスロットが1台置いてあり
くたびれたボーイが「無料ですから、どうぞ~」と言うので
遊んでみると、何度回しても [ BAR ] が3つ揃う。何度回しても。必ず。
ゲームとして成立していない気がする。これは、なにごとなのだろうか。

通された部屋は、部屋というか隣とついたてがあるだけの
イメージとしては汚ないめのネットカフェみたいな。 そこへ
とっても太っていて、そこそこ顎がしゃくれていて、その影響で
サ行の滑舌が壊滅的な女性が現れて
「みくでしゅ。よろしゅくおねがいしゅましゅー。」と言った。

ぼくが「先輩に誘われて来たのですけれど、サービスは結構です。でも
お店の人に怒られちゃったりしますか?」と尋ねると
「だいじょうぶでしゅよー。しょういう方、結構いらっしゃいまひゅよー。」
と、みくちゃん(滑舌壊滅しているからミキちゃんかも知れない)は言った。

40分間、僕は、みくちゃんと コミュニケーションを試みた。
でも、会話に詰まり、気まずい沈黙が流れることも何度もあった。
部屋は、ついたてがあるだけなので、遠くから先輩の話す声も少し聴こえる
何を話しているかまではわからないが、楽しそうだ。

待合室で、ギャンブル性もゲーム性も皆無のスロット台を前にして
僕は一点を見つめて、このあと女の子とどう話すべきなのかを考えていた
どれだけ考えても、上手に話すことなど無理だし、そんな事を考えているから
自然に話すことができないのかと思う。 みくちゃんにとって、ぼくは
つまらない男であるだろうと思う。 何枚かのついたてを隔てた向こうでは
先輩Bが、ちゃっかり本番をやっていた。みくちゃんに聞いたら、ここは
(ていうか、どの店でも)本番NGなんですよ。って言っていた。

本番NGの店で、40分の間に女の子と仲良くなって本番までやれる男に
僕はなりたいのだと思う。 セックスの出来る男になりたい。
セックスも出来ない男が、家族を大切にできるだろうか。できるかもしれない。
でも僕は、家族を大切にできてもセックスの出来ない男、でありたくない。
この街で一番の女を抱くことも出来ないでいて、僕は君や彼等に愛を語れない。

そう言いながらも、ほんとうのほんとうには、こんな情けない自分を
かわいいと思っていて、セックスが出来なくても、人と上手に話せなくても
いいんじゃないかとも考えていて、だけど仲良くなりたい人と分かり合えなくて
上手に話せなくて仲良くなれなかったり、大好きな人とセックスが出来ない事が
悔しくて悲しくて、その事だけが、悔しくて悲しい。

というようなことを(表現はちがうけれど)みくちゃんに話した。
残り時間、5分。
最後の最後に、みくちゃんは愚痴を聞かせてくれた。
「しゅごい仲良かった人がいてー。しょの人、おみしぇを出しゅ事になったのに
 連絡くれなくてー。しょれって礼儀として、おかしゅいと思うー。」
みくちゃんは、たぶん、じゅうぶんに頭がわるいので、話は分かりづらかった。
滑舌のせいだけではなく、何を言っているのか分からなかったけれど
どうやら友達だった人がデリヘルを始めたのに、自分には相談も報告もなく
それ以降、気まずくなって絶交状態だ。ということだった(と思う。)

ぼくは。 きっと事情があるとしても、それを話してくれなかったことは寂しいし
悲しいですね。でも本当に大切に思っていたら、いつか連絡をくれるんだと思う。
今、どうしてるかな?って気になると思う。 もし、これっきり連絡がないのだ
としたら、それはそれだけの関係だったということだと思います。
というようなことを言った。
本当に大切な関係は壊れたりしないよ。 と言いたかった。

別れ際、扉まで見送ってくれるみくちゃんは、きれいだった。
ぼくは先輩Aに「誰でも、よくよく見れば、かわいいですよね!」と言って
先輩Bは「見れば見るほど、憎たらしい顔もあるよ。」と言った。それは
笑いのための冗談であり、そして同時に、真実であると思う。

場所を居酒屋に移して、いろいろを語り合った。
まったく新しい視点も、気付かせてもらえたし、ずいぶんと
先輩Aが何を言ってるか分かる(あるいは分かったような錯覚ができる)ように
なった。 話の途中で、次に何を言うかを予想するとズバリだったりして、
別にクイズじゃないんだから、それがどうした、どうもしないけれど
卒業。と言われて、「もう、ですか?」と思ったけれど、もう、なのだな。
とも、思った。

その他、カラオケにもレンタルビデオ屋にも、行ったけれど
ぼくは、変なんだ。僕は、へんなのだ。と実感した。何度でも。
僕が僕じゃない誰かであるとしたら、遊ぶときに僕を誘いたくない。
たぶん楽しくないからだ。楽しくない雰囲気を作って周りに申し訳ない。など
と言う事はできるが、そんな風には思っていないのであり、ただ楽しくない。
楽しくない自分が嫌いだ、と思っているのです。
先輩Bは、かつて言った「レモンって本当に、ストレンジボーイだよね。」
その事は悲しいことではないかもしれないのに、悲しくなってしまう。
そして、悲しくなることが、悲しい。 誰かに、認めてほしくて、誰かに
だいじょうぶだよ って言ってもらいたくて、その「誰か」というのは自分だ。
もっと自分を愛して、自分に自信と誇りを持って立てるようになりたくて、
それは唄う理由になるかもしれない。

 何を、したいんだ、と聞かれて、改めて
 僕は、僕になりたくて唄うのではないかと思う。
 誰かに語りかけるとしたら、そんなのは、まだまだ先にあって
 それでも何かをしてしまうという時に、たとえ自分だけのための行為
 だったとしたって、世界に投げつけることは出来て、それで
 地軸の1ミリもずれないにしても。 だから、詩で、ダンスで、
 エンターテイメントで、修行(苦行)みたいな事が、やりたいと思います。

 この日のことは、ブログに書くなよ。と言われました。
 だから、このブログは物語であって、実話ではないのだと思います。
 言葉という幻想を信じているフリをして、夜遊びをしたんです。
 ごちそうさまでした。