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君がイタケに向けて旅立つとき

どうか君の旅路が長いものでありますように、

それが冒険に満ち、知恵に富んだものとなりますように。


ライストリュゴネスもキュクロプスも、

また猛りたつポセイダオンも恐れることはない、

君が道中、それらに出会うことはないだろう、もし

思いを高く保ち、気持ちが

君の身体と君の精神をけっして離れることがなければ。

ライストリュゴネスもキュクロプスも、また猛りたつポセイダオンも

君の道にはあらわれないだろう

もし君自身の魂の中にそれらが住みついているのでなければ、

もし君自身の魂がそれらを君の通り道に置くことがなければ。

<詩の引用、つづく>



新しい旅が始まった。

今度の旅では、自らライストリュゴネスやポセイダオンに会いにいってみようと思う。

昨年のように嵐の中溺れながら出会うのではなく、こちらから、会いにいってみようと思う。

目を瞑ることなく、しっかり見据えて。


表層にある幻想の草は焼き払って、進もうと思う。

昨年のように幻想の中を引きまわされるのでなく、

炎を宿した瞳で大地を丸裸にし、空の色を隠す雲は散らしてしまおう。


つまり冒険に出かけようと思っている。



<冒頭の引用つづき>

私は君の行く道が長いものであることを願っている。

たくさんの夏の朝がありますように、

初めての港を目にする歓びが

これまでにない歓喜をmたらしてくれますように。

フェニキアの市場を訪ねるがよい、

そして最良の品々を手に入れるがよい。

エジプトの都市に行くがよい、

そして教えるものを数多もっている彼らのもとで学ぶがよい。


イタケを視界から失ってはならない、

なぜならそこにたどり着くことが君の目標なのだから。

しかし歩みを急いではならない、

旅路は幾年も続くほうがよいのだから、

そして君の船が島に怒りを下ろすのは

道中で学んだものごとによって

君がすでに豊かになってからのほうがよいのだから。


イタケが君にさらなる富をもたらすことを期待してはならない。

イタケはすでに美しい旅を君にあたえたのだから、

イタケがなければ、君は旅立つこともなかったのだから。

イタケはすでに君にすべてをあたえたのであり、

それ以上あたえるものはないのだから。


もし、最後にいたって君が、イタケは貧しいと思っても

騙されたと思うことはない。

なぜなら君は賢人になったのであり、濃密な人生を生きたのだから、

そしてそれこそがイタケの意味するところなのだから。



――コンスタンティノス・カヴァフィス(1863~1933)



パウロ・コエーリョ著『ザーヒル』より



ともかくあれ、人生そは良きかな!(ゲーテ)



バタバタだった一年を、ようやく締められる時がきた。


たくさんの恵みと学びを受け取った、良い一年を過ごした。

今そう思えることがとても嬉しい。


キラキラしいことよりむしろ、悪魔的な側面と向き合ったことで、

より誠実になれたように思う。


漢字一字で示すなら、まさに「忍」。

人から押し付けられる忍耐には、静電気をパチパチ飛ばして反発してしまうが、

自分の奥底に携えるなら、忍ぶことは非常に有効で重要で、欠かせない力になる。


来年は「聴」の字が思い浮かぶ。



あらゆることに感謝して、短い旅に出よう。






ボコボコだった2011年を振り返る、後編。



■■■  7月



いい加減どうにもならなくなった状況を打破するため、思い切って別居を決意。

同月末には両者引っ越し、もとの家は引き払う。

一時的な措置、のつもりだが、いまだ終着点は見えず。

毎度思うけど、ほんっっとに引っ越しは大変!

お仕事面はどうだったか、思い出せず。

ちょうど地デジだし、引っ越し先にはTV持ち込まず。



■■■  8月



新生活がスタート。

動きがあるとき、新鮮なときのほうが逆に落ち着くのか、慎重になるのか、微妙に精神安定。

まだまだほとんど死人だが、仕事面でもアドバイスのもと試みを始めたり。

ピンチ的状況なはずだが、甘やかしてくれる?助けてくれるサポートが手厚く、困らないという…

それに面の皮厚くのっかれるのは罪深いのか?

しかし今は恥じません。

安定したというより、状況の変わりように現実感がわかなかっただけかも。

あまり事態を深刻に受け止めていなかった。そんなことあるわけないと。

刷り込みっておそろしい。



■■■  9月



事情により、懐かしい知人・友人によく会うようになる。

両親にも会った。

おみくじで「凶」を引く。

わりと最近のことなのに、思い出せない。

カウンセリングとヒーリング講習にいったのだが、なんで行ったんだっけ?と思ったら、特に目立った出来事はなかったようだ。

そのかわり思い出したが、6月の仕事上大爆発はかなりの惨事で、それがおさまってもこのころはまだ圧力の感じ方がきつかったはず。

なんとなくそれで行ったのだろう。

割と安定して前向きになってきたように思ったが、完全なる現実逃避で、刺激があるとすぐ発火。

行動療法の一環としてブログを始めるが、当初の記事は今は路線変更につき削除済み。



■■■  10月



相変わらず、知人・友人によく会う。

仕事上で、冷静になる期間、とでもいうべき空白の時間があった10月。

仕事のこともだけど、家庭もどーしようか、の10月。

やっぱりわりと最近のことなのに思い出せない。

辛いのも、どうしていいかわからないのも、相変わらず。

先月につづけて、やっぱりカウンセリングと講習にいく。

問題について話し合って、指摘を受ける。

冗談みたいなことだと思ったが、妙に気分が軽くなり、またインスピレーションが湧く。

空白の時間に、できるだけ、自分の内面の大掃除をする。

少しのぶつかりあいのあと、まったく気味が悪いほど、職場での物事が変化する。

急に、精神的な負担がなくなり、驚き。

末にはほとんど夜明けを確信。

この月にブログの内容を路線変更。



■■■  11月



ほとんど完全復活。理性の光がもどった!!

仕事面でノリノリ。

秘訣はもちろん蛙の洗濯。物語の向こう側を求めてみたこと。

一方、家庭面では問題が浮き彫り。短気は損気…

落ち付いてこの辛かった件と、抜け出た経緯を振り返ることにする。

スピリチュアル方面の探求も、深入りしない程度に、でも誠実に継続。



■■■  12月



11月に輪をかけてノリノリ。

日々が楽しいとはど、ほんとに再建したんだなあ、と感慨深い。

のどもと過ぎて、ほとんど忘れ始める。

探求も盛り上がっている。


未解決のことも丸ごと抱えて、新しい門出に片足かけてる現在。

あと二週間をきっているが、何が起こるか?


たのしみ。







1日の終わりに、内省(出来事を理性的に振り返る)した方がいいなあと思いつつ、

それすらやってみるとうまくできない。

観察力やら集中力やら記憶力やらの散漫さに加えて、思い出したくない考えたくなーいというのもありそうだ。

眼閉じて歩いてしゃべってしてるんじゃなかろうな、と思うほど、日々妄想の荒野を歩いてることがよくわかる…、眼を開いて歩いていただきたい。



1日の終わりに内省するなら、年の終わりに1年の内省もしたほうがいいな、と思いついたものの。

1日分だってろくに振り返れないのに、1年なんて出来そうもない。

手帳も使い終わったところからどんどん処分してしまった。もともと記録もそんなに残さない。

とりあえず記憶を頼りに振り返ってみると…

ひどすぎる、消去したいくらい叫び



2011年



■■■  1月



このときすでに精神状態は極悪。

2010年の夏・秋から勃発した家庭問題が一応の小康状態に落ち付いているものの、根本的に未解決。

それに同調するかのように、来たるべき4月から始まる仕事のために数年やってきた学業がクライマックスなわけだが、仕事先の人間関係が荒れ荒れ、情熱も消え失せ、ただただ辛い、という大惨事。

あまりの辛さに、2010年の年末に「ヘルプ!」を求め、少し落ち着いてはいた。

アレルギー状態で、なんの刺激でも痛い。外面はともかく、自分から見ると、いったいこの人はだれだ?と思うくらいの人格の変わりよう。ネガティブすぎる。

これがこのあとも約10カ月は続くが、この時は一生出口無くこのままか、と思っていた。

誕生日が来たが、あまり覚えていない。手帳によるとそのあたりに重要な試験があったので、それに追われていただろう。提出物の〆切にも追われていたようだ。

2010年末には、もう辞めたいと真剣に思っていたので、試験や提出物をとりあえずこなしているだけでも落ち付いている。



■■■  2月



ほとんど覚えていない。

学業面では最後の資格試験をのぞけば、最後の課題があったので、それもこなして一応一段落だったはず。

そうだ、この月に再び辛くなるとともに、はじめてスピリチュアルな講習を受けた。

興味はあれど、今まであまり深く入ってみる気はなかったのだが、流れでたまたま。

それが良かったらしく、かなり落ち着いた。そちら方面も探求してみよう、という気になった。



■■■  3月



私自身は再び小康状態。

大地震が発生した日は都内の職場から家に帰れず。

忙しさでほとんどTV見ていなかったが、この日からまったく見れなくなった。

職場でも支援活動等様々有。

しかし末には前々から予定していた遠出する仕事の企画があり、断行。

ともかく外側は動いているが、内面はあいかわらず。

振り返るのが辛くなってきたが、まだまだつづく!



■■■  4月



ついにやってきた、学業面の修了セレモニー&本格的に職業デビュー。

なんとか耐えたからこそ迎えられたのだが、

こんな状態で迎えていいのか?止めるならその前に止めないと、とずっと思っていた。

が、とにもかくにもきてしまった。

大いなる情熱をもって始めたことだが、もはや自分がどうしたいのかなどわからず、ただ辛いまま、まわりに流されていくのを耐えるという、どうしようもない状況。

この状況から自分が救われたい、それしか考えられないので。

こんなことってある?と思うが、あったのでした。

一番重要な最後の資格試験がまだあったので、その対策に追われる。

ものすごい腰のひけ方だが、とにかく職業デビューする。

懺悔すべきだが、しません。



■■■  5月



事務雑用などで気をまぎらわせつつの5月。

一応新しいことを始めたり、やる気を出そうと必死。

自分の中から何も出てこないので、まわりがいうことを実行することで「やる気」を演じる。

中身はあいかわらずの絶望状態なので、翌月にはボロがでるのだが。

まわりも「困った腫れものちゃんを更生する会」とでもいうべく、叩いてみたり誉めてみたり、いろいろ頑張った結果、仕事をまかせてやる気を出させようという結論になったらしく、翌月の崩壊に向けて驀進。

反省と謝罪すべきだが、今はしません。



■■■  6月



2010年末、2011年2月、と過去にヘルプを求めた時は、どちらも職場での大爆発がきっかけだが、2011年6月、今度は家庭内で爆発が発生。

そして職場にも引火。仕事まかせてまかせられて追い込み作戦は、当然の如く失敗。

駆け込み寺に駆け込むに至る。

無理して始めたいくつかのことも修了。

来るべくして来たことだが、こうして6月の崩壊を経て、翌7月からは大きな変化が始まるのだった。


~つづく~




もうこんなことを書いて意味あるのか?という感じだけど、

2011年を内省する、がテーマなので、一応最後までしてみる予定。

まったく内省になってない気もするが。

振り返るとあんまりに物語が面白味もなんもなくダラダラうじうじしているので驚く。もうおなかいっぱい。






世の中に出会う前に、誰かに出会う前に、私は私と出会わなければならない。

私という人格を「客体」とすることで、私は本当の私になる。

透明な私から見た世界は新鮮だ。

現象がそのまま答えになる。



世界が、公然の秘密を囁く。



少し眠る時間が欲しいなあと思えば、約束を遅らせて欲しいと電話が鳴る。

行けそうにないけどキャンセルするとキャンセル料が…と思えば、向こうの都合で開催できなくなったので返金する、とメールが来る。

冗談みたいな運び具合に、不思議さはない。



不思議なことじゃない。

都合のいい魔法でもない。



私の眼も体もハートも透明に透明に。

このドタバタ劇の舞台裏を見ると、なかなか楽しい。

私も含め、不器用に隠したがってるけど隠せなかったり、痛々しく主張を繰り返したり、望みを遠ざけるようなことばかり繰り返して嘆いたり。

いろんな計らいや御膳立ても聞いちゃいないで、ぶっちぎったり。



耳ある者は聞くべし 金ある者は使うべし  (ゲーテ)