そうそう、このセッションは、プライベートな事で
忙しかったのでした。
(学業も相変わらず大変でしたけど)
LA旅行や、長女の歯の矯正の前のこと。
このセッションが始まる直前でした。
日曜日の礼拝後、同じ教会員の方で、同じ大学で、
ジャーナリズムを教えている、インドネシア人男性が、
「この学期から、ニュージーランドから来る日本人男性を
学部に受け入れるので、彼の新しい住まいが見つかるまで
部屋を貸してあげてもらえないだろうか?」との問い合わせ
がありました。

確かに一部屋、空いていたけど。

その彼は、私よりも 若干 年下で独身男性。
我が家は 女だけ三人。

最初は、渋っていた私。
(そりゃ、そうでしょ!)
(そりゃ、そうでしょ!) 「彼は、あなたの所に住めばいいのに」と言ったものの、
(そのレクチャーラー の方が、大きな家なのに)
「教える立場と教えられる立場が、一つ屋根の
下に住むのは、好ましくない」
との理由で、まあ、1週間とのことなので、
同じ日本人が困っているなら、とお引き受けしました。
家賃は頂きましたよ。安くしておきました。
子供達の二段ベッドの下の方を、そのやって来る
日本人男性、Tさん用に。 その間、次女が私のベッドで、
一緒に寝ることにしました。
机はなぜが、一つ予備があったので、使ってもらうことに。
そのTさんは、とても良い方で、 問題がなく、助かりました。
ほとんど、大学にいましたし。
ニュージーランドでも、シェア生活が長かったようで。
でも、
Tさんが洗った洗濯物を、時間がないから、私に干して
ほしい、と言ってきたのです。(1回だけね)
私が、
「エー、抵抗あるから。。」 と言っても
「僕は、全然 抵抗ないです」
と、飛び出して言ったので、しかたなく干すはめに。

男性の下着を干すということは、、自分の育って家族と
夫のみだったので、 やっぱり抵抗がありました。
まあ、一回だけだったから良かった。
時間があれば日本に住む彼女に 手紙を書いてた
Tさんでした。
教会に連れて行ったら、(Tさんの希望で)
他の方々から、
「日本から旦那さんが来たの?」と聞かれ、

二人で 即座に 「NO !!!」
1週間で、住まいが見つからず、2週間の滞在に
なりましたが。
まあ、無事に、大学院でジャーナリズムの勉強を終え、
ニュージランドではなく、日本に戻ることにした
Tさんでした。
それから、2年後に、手紙を書いていた彼女と結婚。
幸せに暮らしていますよ。


