ずっとずっと、怒りを内包して生きてきた自分だったいうことを知って、

私はどこかほっとした、なるほどねという気持ちもありました。

 

はじめて、お腹の痛みの本当の原因がわかったような気がしたからです。

 

はじめ、自分が通勤途上の電車が緊急停車したことを機に、その後、

電車に乗れなくなってしまったことがすごく不思議でなりませんでした。

 

なぜなら、その日まで、ずっと普通に何ごともなく通勤が出来ていましたし、

特段の(自分の顕在意識での認識では)悩みやストレスもないと思って生きていたからです。

 

ですから、たまたま(本当はたまたまとか偶然とかではなく、これこそ必然の意味があった)

お腹が体調不良の時に運悪く超満員電車に乗り合わせ、早く下車したかったにもかかわらず、またまた非常に運悪くその電車が長い間緊急停車し、地下鉄トンネル内で電車が止まってしまった。

そして、急な不安感と抑えのきかないほどの腹痛にはじめて襲われ、目の前が真っ暗になった。

 

という一連の事柄が、のちのち、自分に休職を余儀なくさせ、自分の生き方や考え方を根本的に徹底的に見つめなおすことを促すきっかけになるとは夢にも思っていませんでした。

 

また翌日には普通に元気に(目に見える部分では)いつもどおりに電車に乗って、何も感じず、職場に行って仕事をする自分がいると信じて疑いませんでした。

 

しかし、実際には、電車内で腹痛のパニックを起こしたその日から、

わたしの中で何かが一気にあふれ出したんですね

 

わたし自身のなにかというより、わたしの中に存在する、心や体という生きた感情、

魂の切実なる感情が、長きにわたる、わたし自身のわたし自身への圧政に対して

ついにしびれを切らして謀反に出たというのが正しいのかもしれません。

 

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自分の中の『怒り』を認めて、少しづつ内面の変化をたどりつつ、職場復帰後、私は2年間の勤務の中で、これからは今までないがしろにしてきた体調面をまず特に大切にして生きていきたいということについて深く考えるようになり、

 

「―これからは体のことを一番に考えて、今までの緊張感の大きい仕事を卒業して、ゆっくりと静かに生きていく道を探そう―」

 

と、自分なりの大きな達成感をもって、

平成20年3月に丸10年間奉職した職場を退職しました。

 

 

(つづく)