出口の見えない悶々とした暗い日々を過ごす中で、私は今までの自分の生き方、考え方、感じ方などを繰り返し日がな考えるようになっていきました。
私の生き方はなにか間違っていたのかな。
がんばることだけが自分の支えだったけど、がんばるって何をがんばっていたのかな。
苦しいこと辛いことを若い時にたくさん先に味わっておけば、
未来にしあわせがたくさんあると思って生きてきたけど、いったい苦しさ辛さはいつまで続くのかな。
自分の体は自分の言う通りにならなかったことがなかったのに、いつでもどこでも
コントロールしたりできるのが得意だったのに、いったいどうしちゃったのかな。
わたしの体はもしかして壊れてしまったのかな。
これからどうやって生きていけばいいのかな。
このまま働けなくなったらお金はどうしたらいいのかな。
休職して、職場の方々に迷惑をかけている自分?
自分は弱い人間?きっとみんなそう思ってるよね。
早く復帰しなきゃだめだよね。。
でも、心と体が死んでしまっているかのようで動かないんだ。
どうしたらいいの。わからない。
もう無理かな。
休職してても一向に気持ちが休まらないし、退職すればいいのかな。
そうやってとめどなくいろんなことを考えてはひどく疲れ果てて落ち込み、
ぐるぐると出口のない思考を続け、
最後にはひたすら自分はだめなんだと責め続け、もう生きていることさえも面倒くさいと
思っていました。
ただ、その反面で、どこか無意識下の前向きな気持ちもわずかばかり残っていたのでしょうか。
とにかくお腹が痛くなるのを治したい一心で、その頃のわたしはとにかくとにかく健康や心に関する本を本屋や図書館やインターネットで探し、気になるものを片っ端から読みあさっていました。
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そんな日々の中で、ある日、私は自分が今までただの一度も自分の体へ感謝をしたことがないことに気づかされました。
私の体は丈夫で健康なのが当たり前、体は自分の思い通りに動き働くものとさえ思いこみ、体からの声に耳を傾けることも労うこともなく傲慢な気持ちいっぱいに生きてきたのです。
そのことに気づかされた私はその日から体に謝り続け、お腹に向かって、本当に今まで無視し続けてきてごめんねと言うことが少しづつできるようになりました。
小さい頃から今までずっと、私の思い通りに動いてきてくれた体に感謝するどころか、
黙って何も言わず自分の指令どおりに動いてくれていた体に、これでもかこれでもかと
ますます負荷をかけ続け、痛め続けてきたことにも気づかない愚かな自分であったことに
愕然となり、初めて自分の心と体にも喜怒哀楽の感情があったことに気づけるようになっていきました。
この頃から私は、やはり、自分の生き方や考え方感じ方にどこかいびつさがあることを認識しはじめて、今まで外へ外へと向いていた気持ちを自分や自分の内側へとシフトし向き合うようになっていきました。
自分は少し自分に厳しさを与えすぎて生きてきてしまったのかな。
もう少し自分を大切に生きてもいいのかな。
今までの自分だったら考えもしないこんなことを自然に考えれられるような自分になっていきました。
(つづく)
いつも読んでくれてありがとう![]()
