自分を大切に想えるようになったレモンきいろ♪

 

なにをするのもなにを選択するのも、

まずは自分の気持ちをいちばん!ラブラブdenpa-hokkotiheartラブラブ

考えれるようになっていきました。

 

とにかく、長い間、自分でもよくわからない?ガーン他人軸で生きてきたわけでありますからえーん

自分軸で、ものごとを考えることが少しずつでもできるようになっていったことは、

ほんとうにほんとうに大きな一歩だったばんざいと思っています。

 

そして、人間関係の棚おろしをした次にレモンが意識的に取り組んだこと。

 

それは、できるだけ自分に甘くするお団子お団子ということでした。

 

 

・・・・・ただ、もともと、幼少期から自分に甘くする。ということは、ものすごく苦手分野でした。

というか、意味がわからなかったんですにゃー。

 

幼少時、レモンは

これが欲しい!と言ったことはありません。

これが欲しい!と思うこともあえてしない子どもでありました。

 

物心ついた頃には、親が子どもに対して与えてもいいと思うもの以外は、

欲しいと思わないように、すでに頭の中で察知できる特殊システム?

自分の中に出来上がっていたんです。 笑笑 (ほんとだって!)

 

そして、たぶん、甘えるとか甘くするとか、甘いものとか甘い時間・・・などなど

【甘】という漢字やことば自体が自分の辞書には、子どもの頃にはなかったんだろうなと、

心底思っています。かなちーけど顔

 

その分、大人になった今は大甘アマあまちゃんです…人生とは結局バランスですから…芽

 

 

そしてそして、いつからでしょうね~、

人生とは苦労をすればするほど、しあわせになれる!

本気(マジ)で思って生きていたんです。顔顔顔

 

 

嬉しい気分とか楽しい気分とかじゃなくて、苦しいとか悲しいとか辛いといったような、

自分に負荷をかけられる感情を味わえば味わうほど、のちにその分のしあわせが待っている。そんなふうにずっとずっと信じて生きていました。(←ばか~ぼけー

 

 

だから、楽しいことや嬉しいことが起きると、しあわせが目減りしちゃったような、

のちのちのしあわせ分量が減ってしまったような、いつもそんな奇妙な気分に苛まれ、

結局は自分に負荷のかかる環境や方向を知らず知らずに求めていたように思います。

(←ほんとにばかばか~ぼけー

 

 

しかし。

 

長い年月のたくさんの経験や気づきの中で変化変容をはじめた自分は、

着々と!? とにかく自分に甘くする!この実践をすこしがんばって!!意識的にするように

なっていったんですーウインク ホっ。

 

 

自分に甘くする。言い換えますと、自分をゆるしちゃう。ってことですかなー。

 

 

 (話が少し横道にそれますが。。。)

レモンは昔から学校や習い事、会社、を休むことがそれはそれは不得意でした叫び

 

幼い頃、体調が悪くて、親に幼稚園を休みたいと申し出たところ、親はものすごく不機嫌になりました。結局休ませてはもらえたものの、その日は母が口をきいてくれなくて、居心地の悪い一日を過ごし、もう決して幼稚園は休むまいと思ったのを覚えています。

忘れもしない幼稚園生だった時の節分です。(その日、幼稚園のお友達が鬼のお面といり豆をもってきてくれました…せつない思い出…´8`

 

小学生の頃、ごくたまにピアノのお稽古に行きたくない時がありました。親に“今日は休みたい。”と申し出ると、母は半ば怒ったような無表情な顔になって、“じゃ自分で連絡してちょうだい。”と突き放されました。不機嫌が怖くて、結局ピアノのお稽古には行きました。

 

 

中学生になって、ぎゅーぎゅー満員寿司詰め電車通学になりました。親が決めた私立中学(高校まで6ヵ年一貫教育)を受験し入学したものの、猛烈な競争社会の進学校で自分の性格にはまったく合わず、日に日に気分が滅入っていきました。

中学1年の一学期後半頃に、一度だけ意を決して、親に朝、“今日は学校を休みたい”と申し出ました。親はとくに驚く様子もなく、ただ淡々と、“学校は行くものだから”と一言いいました。

いつも通り家を出て、涙をふきながら学校へ行きました。帰宅してからも別にそのこと(学校に行きたくない私の気持ち)に親から触れられることも聞かれることもなく、がむしゃらに6年をなんとか過ごしました。

 

 

それでも高校生になってからは、たまに学校を休むことはありました。でも、もちろん自分で電話連絡です。“休むんだったら自分で連絡してちょうだい”。母の決まり文句です。←マジこわ。

大人になった今でも、高校をたまに休んだときの、あの、しらけた母の顔と、自分がとんでもないことをしでかしているかのような罪悪感のような胸をつかまれる苦しさは夢に出てきます。

かんぺきトラウマ・・・あせるあせる

 

 

と、まー、、、。

そんな環境だったことからも、

 

休むこと=親が不機嫌になる=自分は悪い子ども(人間)えー?

 

という図式が見事にわたしの頭に刻印されていたわけですねー。

 

 

もちろん、大学を出て社会人となって働き始めた組織でも、休まないことが美徳的な教え(ふっるー爆弾がまだ根づいていて(有休とは体調不良のみにつかうべき!などなど)、そこでも、まあ、休みたいな~と思うことはあっても、休むなんてそら恐ろしくてできませんでした。

 

それでも、休みたいーーー大泣きうさぎと思うときはどうしたと思いますか?

 

休みたいと思うそんな自分が悪いんだ。

体調不良になった自分が悪いんだ。

気持ちが弱い自分が悪いんだ。

 

悪いのはぜーんぶ自分なのだー アリアリアリ

 

そうやって、無理くり、自分にムチ打って、誰にも心の中を見透かされないように、とびきりの笑顔で一日を過ごすという、意味不明な独り女優業をやっていたわけであります。

(書いてるだけで疲れてくるよ・・・えーん よく元気に生きてたねぇ。。。がんばった。がんばった。)

 

 

こ、こ、こんなビックリマークビックリマーク 

筋金入りの休むこと恐怖症の自分が、あえて休みを自分に与える!という訓練を始めましたわけですから、人間いつなにが起こるかわかりませんねー。 目 人生は捨てたものじゃーありません(^^♪!

 

 

いろんな変遷を経て、いい子卒業宣言をし、自分を可愛がる決意をしたレモンは、

どうも、仕事に行きたくないな。とか、今日は家で充電したい。

と自分の中の自分が強く思った時は、自分の気持ちをいちばんに汲んで、

積極的に休みをとるように努力!?していきはじめました。最初は苦しかったやーほげーショック

 

 

こうして、自分のささいな気持ちもくみ取れるようになって、どうしても心身が

仕事に向かえない時は、自分を休ませてあげれる自分になっていきました。

 

どう考えたって自分のからだのことは

他人にはわかりません。

自分を守れるのは自分だけです。

 

ですから、人がどう思うかとか(そんなのしったこっちゃNeー!)、

人に迷惑をかけるのではないか(そんなの生きてりゃお互いサマdaー!)

などと思う、そういう今までのいい子ちゃん気質(って、結局自分がよく見られたいだけなんだけど。。)の思考の癖のブロックを外していきました恋の矢

 

<ここでちょっと補足かお>

なんでもかんでも好き勝手に休むことを推奨しているわけではないんですよー。

たまには休むことも仕事のうちっていう考え方、長い人生たまにはフマジメのススメもあり。

という考えになっていったんです。

自分にも他人にも。

 

もちろん、自分が休んだ分、どこかに誰かにそれなりのご迷惑がかかっていることは充分認識しています。だからこそ、翌日元気に出勤して、しっかりと休んだ分も働きゃいいじゃーんドキドキというかるーい思いでいるってことですにひひ へっへっへ。てへ。イヒ

 

こんなふうに、

自分を自分で労わって、

自分に甘くして、

休むことも、休む自分もぜーんぶ丸ごと、ゆるしちゃおラブラブ

と思ってあげることができるようになってからは、

 

それはそれは!

自分でも驚き桃の木山椒の木ひらめき電球ガーンひらめき電球

 

自分の人生の

満足度(しあわせ度)が

飛躍的に上がっていきましたアップアップアップアップアップ足あと足あと足あと足あと足あと馬馬馬馬馬

 

 (↑こんなに大きくなっちゃたー天使

 

 (つづく)