エアコンで乾燥気味の部屋の中、空っぽの皿が4枚、
食べかけの炒め物の器が1つ、
ダシやニンニクなどのニオイを漂わせる。
床にはクラシックラガーの空き缶3つ。
さらに、これから開けるハイネケンと、
こないだ男が飲まずに残してったスミノフアイスが1本ずつ。
エアコンの設定温度は28度。
だが、手でぐっと握ったボトルはほどよく冷たい。
冷蔵庫やベランダでキンキンに冷やすより、室温放置の方が好き。
体が冷えずに済むから。
だったら最初から飲むのなんてやめればいいじゃん、とも思うが、
飲まなきゃやってらんない。
飲まなきゃ泣いてしまいそう。
いや、すでに泣いてるけど。
元旦早々サブイね、自分。
ため息をつきながら、目に付いたフライドチキンの空き袋と、
からっぽのアイスクリームのカップをコンビニの袋に押し込む。
ふと、食べ過ぎたかなー? と思い、
カロリーカットのサプリメントを飲み込む。
好き放題飲み食いしたくせに、
こんなんで都合よくヤセるわけないじゃん。
わかってるけど、おまじないみたいな気持ちで飲んでしまう。
ちなみに今日のつまみは、
カキの土手焼きと鶏モモ肉の照り焼き、
レンコンとシシトウの炒め、ヤマイモとナスのサンショウ炒め、
ファミマのフライドチキン、雑煮
デザートにコンビニのバニラアイス。
以上。
ファミマのチキンと雑煮とアイス以外は全部昨日作りおきしておいたものだが、
改めて献立を並べると、バランスの悪さが目に付く。
炒め物2品とか、明らかにオイリーすぎる。
まぁ、誰に食べさせるわけでもないから構わんが。
本当は食べてもらうつもりだった。
けどねー、その予定が急になくなったからさ。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
彼とは本当は昨日から一緒にいる予定だった。
一緒に年越しそば食べて飲みながら、ダウンタウンでも見て、
うちの近所の神社に初詣行って~、みたいな。
ありふれたカップルみたいに平和な正月迎える予定だったのよ。
それがねー・・・・・・
まさに晴天の霹靂。
「気持ちが冷めた」ってさ。
毎日来てたメールがぴたりと来なくなって、
「ちょっとだけ声聞きたい」というメールも無反応で。
ダメ元で電話したら予想通り、そっけない感じで。
まぁ、私が悪いんだけどね。
先日、友達カップルと飲みに行ったとき、
私は調子に乗って飲みすぎてやらかした。
まず冗談半分で振り回した右手が窓ガラスにクリティカルヒット。
幸いガラスが割れはしなかったけど、
翌日は右手の薬指と小指の付け根付近が赤黒く腫れ上がった。
痛む患部を見て、ああ、やってしまった……と初めて気付いた。
そして不安が湧き上がった。
しかも、その不安は見事に適中。
前の一件に加え、私は笑いながら彼にグーパンチと頭突きをかましたらしい。
こっちはまったく覚えてなかった。
これがヤバかったらしい。
「肉体的よりも精神的にダメージを受けた」という言葉が、
「いま部屋の片付けをしてるんだ」というメールと一緒に届いた。
-片付け。
ああ、あたしも一緒に片づけか。
今年の汚れは、今年のうちにっていうもんね。
被害妄想に陥りながらも、
普段から酔うと手や足が出るということをカミングアウトし、
「一度、ちゃんと話したい」というメールを送った。
間違いなく10:0で悪いのは私だろうが、
このままメールだけで終わるなんて嫌だ。
「器が小さくてごめんね」とメールの文中にあったが、
それに対しては申し訳ないけど「確かに」と思った。
同時に、本当にこれだけで冷めてしまったのか。
ひょっとしたら他に原因があるのでは? とも思った。
すべては電話で話そう。
そう思い、ぼーっと部屋でひざを抱えるうちに年が明けた。
近所の神社から年明けの太鼓を叩く音が聞こえてきたので、
なんとなく外へ出た。
そのまま初詣の行列に並び、お参りを済ます。
細かい願い事なんて、何も考えられなかった。
ただ、「幸せになりたい」。
それだけを願った。
帰り際、コンビニに向かって歩いていたら携帯が鳴り出した。
「あけましておめでとう」
彼からだった。
「やっぱり無理だよ」
彼の声は沈んでいた。
「ねぇ、本当にそれだけ?」と聞くと、「それだけ」と彼は答えた。
「私のどこが好きだったか教えて」と聞くと、
それについても私がそこそこ納得するように話してくれた。
それだけに余計悲しかった。
単純な理由なだけに、自分のアホさがものすごく悔しかった。
「次は殴っても平気な人探した方がいいよ」と言われ、涙が出そうになった。
「次なんて、いま考えられるわけないじゃない」そう言うのが精一杯。
全身から力が抜けるのを感じながら、
ふらふらと路地に入り、そして座り込んだ。
顔見知りが多い近所で、今の顔を知り合いに見られるのは嫌だった。
電話はつながったままなのに、しばらく言葉が出なかった。
吐き出す息と一緒に時間が凍りついたような気がした。
神社から響く太鼓の音が電話越しに聞こえたのか、
「外にいるの?」と聞かれ、ようやく「初詣に行ってた」と口を開くことができた。
「こんな時なのに、おみくじ大吉だったよ」というと笑ってくれた。
その後はしばらくとりとめのない話をした。
彼の部屋の片付けの話とか、私が通ってる岩盤浴の話とか。
私が家についてからは、リアルタイムで放映されている
お笑い番組を見ながら話したり。
何もなかったみたいなトーンで、普通に笑いあった。
さっきまで別れ話してたなんてウソでしょ? みたいな。
電話を切る直前、
「私は別れたくない」と正直な本音は伝えた。
「うん」とだけ彼は答えた。
2日から4日まで私が帰省するため、
直接会っての具体的な話はその後ですることになった。
「何かあれば俺はヒマだから言ってね」と彼。
単なる気遣いかもしれないのに、
「さっさとケリつけたいだけなんじゃない?」と思ってしまうのは私の悪いクセだ。
その言葉を発する代わりに「ありがとう」とだけ言ってみた。
電話を切ったあとは寝付けなかった。
気がついたら朝になってて、そのままちょっとだけ意識が飛んで、
起きたらもう夕方だった。
普通の生活の中で繰り返せば、間違いなく不眠症に陥るサイクルだ。
正月休み中でよかった。
ケータイを開くと、友達からの年賀メールが数件届いていた。
彼からのメールは……予想通りナシ。
自分からメールを送るべきかどうか悩んだ末、
デコメールで年賀メールだけ送ってみることにした。
「あけましておめでとう。今年もよろしく! って言えたらうれしいな」
……送ってはみたものの、なんか重いよな~。
本当、バカな女。
けど、こんなに自分の気持ちを素直に出せた恋愛は、初めてかもしれない。
当然の如く、返事はまだこない。
ヤツが置いていったスミノフアイスが空いた。
こんな甘い酒、自分じゃ絶対買わないのに。
不意に、つけっぱなしにしておいた爆笑レッドカーペットのギャグがツボにハマり、
思わず笑ってしまった。
例の一件がなければ、一緒に見て笑えてたのだろうな。
ハイネケンの栓を空け、中身をぐいっと煽る。
炭酸が鼻に抜けて、涙がこぼれてきた。