「……本当に、嵐みたいな人だったわね」

夜風が心地よく吹き抜ける新宿の路地裏。
スタンド『ハル』の引き戸を閉め、看板の電気を落としたはるかが、隣を歩くよしまさを見上げてクスクスと笑った。
よしまさはPCの入ったカバンを肩からかけ、手にははるかの荷物をさりげなくもち、
しかしまだ少しバツの悪そうな表情で頭を掻いている。

「あいつの凶暴さは18年前から1ミリも変わってない。……おかげで、味噌汁の次はビールを喉に詰まらせるかと思ったぞ」

「ふふ、でも嬉しかった。かなこ、口ではあんなこと言いながら、最後はよしまささんの分の煮込みまで頼んで、美味しいって笑ってくれたもの」

はるかはそっと、よしまさのスーツの袖を掴んだ。

よしまさは一瞬だけ足を止めると、不器用な手つきで彼女の小さな手を包み込み、自分の上着のポケットへと引き入れた。

ポケットの中で、二人の体温が静かに、けれど確かに重なり合う。

家へと続くいつもの帰り道。

街灯が照らすアスファルトの上を、二人の影が並んでゆっくりと進んでいく。
18年前は、この道の先で手を離さなければならなかった。
けれど今は、同じドアを開け、同じ部屋へと帰る場所がある。

「よしまささん」
「ん?」
「私ね、これから何年でも待てるわよ。さっきかなこにも言ったけど、あなたが私のために全部を背負って戻ってきてくれた。その事実だけで、私のこれからの人生はもう、ずっとハッピーエンドみたいなものだから」

はるかのまっすぐな言葉に、よしまさは立ち止まった。

ポケットから手を取り出し、はるかの両肩を優しく、けれど決して離さないという強い意志を込めて引き寄せる。
いつもの「鉄面皮」の仮面は、もうそこにはなかった。

ただ、はるかだけに向ける、最高に愛おしそうな、そして生涯をかける男の優しい瞳がそこにあった。

「待たせるつもりはない。数年なんて、お前と並んで歩いていれば一瞬だ。……俺の人生のパートナーは、後にも先にもはるか、お前だけだ」

よしまさはそっと顔を寄せ、はるかの額に、そしてそっと唇に、誓いを立てるように深くキスを落とした。

はるかの瞳から、今度は嬉しさで胸がいっぱいになった涙が、一粒だけ頬を伝ってきらりと光った。

「おかえりなさい、よしまささん」
「あぁ。ただいま、はるか」

18年の歳月を経て、ようやく手に入れた本当の居場所。
これから先、現実の壁や手続き、超えなければならない山はまだあるけれど、繋いだ手の熱さが、二人の未来をどこまでも明るく照らしていた。
長い夜が明け、二人の前には今、最高に美しい、新しい朝の輪郭が広がっている。
(第9話:完 ── ハッピーエンド)