ネタがないときは一つ小説でも書いてごまかすことにする | ぷりぷり! レモン日記

ネタがないときは一つ小説でも書いてごまかすことにする

空想特撮小説・パンダマン 第一話「不可思議たまご」


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1・たまご売りのおじいさん



 昨日から、近所の温泉街では毎年恒例の夏祭りが行われていました。

 今年小学二年生になる上原みくちゃんは、赤くかわいらしい浴衣に身を包み、お母さんと手を繋いでとても楽しげに露店の間を歩き回っていました。

 今日は朝からすっきり晴れ渡り、今も夜空には雲ひとつなく丸い大きな月が上空に輝いていました。その周りではぽつりぽつりときらびやかな星々が輝いています。

 わたあめを買ってもらっては大きく口を開けてむしゃぶりつきその甘さに目を細め、たこ焼きを買ってもらってはその熱さに思わず目を白黒させ、金魚すくいをしてはポイの紙の変化にどきどきと胸を高鳴らせ、それでもなんとか三匹すくっては顔をほころばせ──みくちゃんは子供らしい無邪気さで心からお祭りを楽しんでいました。

 さあ、次はどこの店に行こうかしらと、みくちゃんは一旦立ち止まり、あたりをきょろきょろと見回しました。

 お祭りが行われるのは昨日から明日までの三日間。真ん中の二日目ということで今日は特に客が多く、うねる波のような人だかりを見ているだけで思わず頭がくらくらしてしまいそうです。

 ……と、少し先へ行った左手のほうにお面屋さんがあるのを発見しました。

 遠めにも分る、ずらりと並んだヒーローやヒロインの顔を見るうちに、みくちゃんはなんだかとっても嬉しくなってあっちへ行こうよと無理やりお父さんへのお土産を持っていないほうのお母さんの手を引っ張ってお面屋さんへと近づいていきました。

 お母さんは女性といえど大人ですから、小さなみくちゃんがいくらがんばったところで、その気になったらその場にとどまることもできたのでしょうが、そんなことはせず、しょうがない子ねとでも言いたげな苦笑を浮かべただけで黙って引かれるままにお面屋さんのもとへと歩いてゆきました。

 そして、お面屋さんにたどり着くと、みくちゃんは顔いっぱいに笑顔を浮かべ、きらきらとしたまなざしで飾られているお面を見渡しました。

 ウルトラマンや仮面ライダーといったTVのヒーローや、セーラームーンのようなアニメのヒロインがずらりと並んでいましたが、ちょうど真ん中の段の右のほうに目をやったみくちゃんはあっ、と声をあげてそのお面を手に取りました。

 ああ、それはやはりヒーローのお面だったのですが、ただのヒーローではありませんでした。

 それはパンダマンだったのです。

 最初に現れたのはいつだったのか、日本中の誰も知らないのですが、いつの間にかどこからともなくやってくるようになって、日本中の、苦しんだり、泣いたりしている子供たちを救っては去っていく、自称「子供たちのヒーロー」。

 ジャンボーグAや宇宙刑事ギャバンのような空想の産物ではない、実在するヒーローのお面だったのです。

 みくちゃんはそういうTVのヒーローも好きですが、まだ会ったことはないものの、実際に存在して困ったときや悲しいときに助けてくれるパンダマンはもっと好きでした。

 ですので、迷わずお母さんに無理を言ってそのお面を買ってもらいました。

「よかったねお嬢ちゃん。パンダマンのお面はとっても人気でね。それが最後の一個なんだよ」

 口の周りにがさがさとした無精ひげを生やした、熊のように太ったいかつい顔のお面屋のおじさんは、その顔に似合わないやさしい声でそう言いながらパンダマンのお面を手渡してくれました。

 それを聞いたみくちゃんは自分の運のよさにとっても嬉しくなって、ありがとうおじちゃんとかわいらしい声でお礼を言ってお面を受け取りました。

 早速つけてみます。

 みくちゃんの小さな顔は、いとも簡単に吊り目のパンダによって隠されてしまいました。ツインテールの小さなパンダの完成です。

「ママ、あたしパンダマンなのよ」

 お面に隠されて分りませんが、みくちゃんはにこにこと笑顔でお母さんに言いました。

「あら本当ね。よく似合うわよみくちゃん」

 とお母さんもにこにこと笑顔で答え、みくちゃんの頭をなでました。

 時刻は午後九時といったところでしょうか。明日は日曜で学校はお休みですが、それでももう夜も遅いのでいい加減お家に帰りましょうと、二人はまた手を繋いで温泉街の外を目指して歩き始めました。

 みくちゃんのような小さな子供にとっては夜の九時というのはいつもならとっくにベッドに入って眠りについているような遅い時間になるのですが、大人にとってはそうでないようです。むしろ大人たちにとってはこれからが遊びの時間なのかもしれません。

 三時間ほど前にやってきたときと比べて子供の姿は減り、代わりにうっとりするような綺麗な浴衣を着たこれもまた綺麗なお姉さんや、そんなお姉さんと腕を組んでいる大きなお兄さんなど大人の姿が目立ってきていました。子供が減った代わりに大人が増えたので、人ごみの多さは変わりません。

 そんな歩きづらい中を、みくちゃんはお母さんとしっかり手を繋ぎ、そうでないほうの手でパンダマンのお面を押さえて進みます。

 五分ほど歩き続けたでしょうか。

 ふ、とそれまでおかずをぎゅうぎゅうに詰めたタッパーのようであった、息苦しさすら感じるほどの人ごみが唐突になくなりました。どうやら露店街を抜けたようです。

 背後では、まるでたくさんの蛍のような淡い行灯の光に包まれる中、まだがやがやと人々のざわめきが続いていましたが、前方に目を向けると、それとは対照的にぽつりぽつりと点在する、ちりちりとした街灯の下、思い思いに静かに帰路へとつく人々の背中があるだけでした。

「さ、みくちゃん、早く帰りましょうね。そろそろパパもお仕事から帰ってくるころだからね」

 とやさしく微笑みかけるお母さんにうんと元気良く返事をし、二人はそのまま家路につこうとしました。

 そのときでした。

 ふと、みくちゃんは右手のちょっと狭い路地の奥に、なにかきらりと光るものがあることに気がつきました。

 はて、あれはいったいなんでしょう。

 なんだか気になって、みくちゃんは足を止めてじっ、とそちらを見つめました。

「あら、みくちゃんどうしたの?」

 不審げに聞いてくるお母さんに、みくちゃんは気になるほうを指差しました。

「ママ、あっちになにかあるの」

 え、とお母さんは不思議そうに聞き返してそちらを見ましたが、すぐに首を振ってちょっとだけ強めにみくちゃんの手を引っ張りました。

「なにもありませんよ。あったとしても、あんな狭くて暗いところ、きっと怖いおばけさんよ。さ、帰りましょう」

 確かに、お母さんの言うとおりです。ここはもうお祭り会場じゃないのです。そんなところにいまさらなにがあるというのでしょう。

 なにかが光ったと思ったのは単なる勘違いに違いありません。みくちゃんもそう考えて再び歩き出そうとしました。


 ──おいで、おいで。


 ……はて、今の声はなんでしょうか。みくちゃんは歩き出すのをやめ、きょろきょろとあたりを見回しました。ですが、誰も二人に目を向けている人はありません。

 今のもやっぱり気のせいだったのでしょうか。

 いえ、そうではありませんでした。


 ──こっちへいらっしゃい。


 もう一度聞こえました。ふと、先ほどなにかが光ったと思った横の路地が気になってそちらに目をやりました。

 ああ、間違いありません。やはりそこはぼんやりと光っています。

 どうやら、みくちゃんは自分ではそうと気づいていなかったのですが、長いことお祭り騒ぎの中に身をおいていたため、胸がどきどきと高鳴りいつもよりずっと好奇心が強くなっていたようです。

 どうしてもその光と声のことが気になり、ついお母さんの手を振りほどいて街灯も射さないような薄暗い路地の中へ飛び込んでしまいました。

 あっ、みくちゃんと後ろでお母さんの驚く声が聞こえます。続いてさっさと駆ける足音。きっとみくちゃんのことが心配になって追いかけてきたのでしょう。

 今日はお祭りということでお母さんは草履をはいていますが、みくちゃんはそんなもの持っていないので運動靴です。普通ならお母さんのほうが足も長くずっと早く走れるのでしょうが、そんなわけでなんとか追いつかれることなく、みくちゃんは路地の奥、行き止まりとなった場所で、ようやく光の下へとたどり着くことができました。

 そこには、薄ぼんやりとした小さな水銀灯に照らされ、一人の、髪もひげも白くふさふさとしたおじいさんが座っていました。

 少し後にはっはと息を切らしながらもみくちゃんに追いついたお母さんが、直後はっ、と息を飲むのが感じられました。

 そりゃあいきなりこんな細い路地の奥で、おじいさんがたった一人でぽつりと座っているのです。大人でもびっくりするに違いありません。特にお母さんは先ほどのみくちゃんのなにかあるという言葉を信じていなかったのでなおさらです。

 が、二人を見たおじいさんがふ、と柔和な笑みを浮かべたのを見て、お母さんがほっ、と息をつくのが感じられました。おじいさんの笑顔はそれほど優しいものに感じられたからです。

「おじいちゃんこんなところでなにをしているの?」

 おじいさんの笑顔を見てやはり少しほっ、としたみくちゃんは、勇気を出して聞いてみました。今みくちゃんはパンダマンのお面をつけているので勇気もいつもより出るのです。

 おじいさんは、ふふと笑いながらそっ、と右のほうを指差しました。

 そこには、みくちゃんの背丈ほどの木製の看板に手書きで「不可思議たまご  一個百円」と書いてありました。

 下を見てみると、なるほど確かに、ちょっと大き目のござに十個ほどのたまごが並んで置いてありました。

 不可思議たまご、と名乗るだけあって、確かにどれもこれもが普通のたまごとは違います。

 みくちゃんはこれまで、スーパーなどにある白いニワトリのたまごか、ちょっとくすんだ色に茶色いさまざまな模様の入ったうずらのたまごくらいしか見たことがなかったのですが、そこに並んでいたものは、どれもがニワトリのたまごより一回り以上大きく、色も、虹のように七色に分かれていたり赤い渦巻きがあったりちょうちょのように見える模様があったりと、これまで見たこともないような色とりどりの綺麗なたまごばかりだったのです。

「本当はあっちのお祭り会場のほうで店を開きたかったのだがね、残念ながら場所を取れなかったので仕方なくこんなところで店を開いているのだよ。できればもっと人通りの多いところでやりたかったのだが、許可を取ってないと怒られちゃうからね」

 言って、おじいさんは片目をつぶってぽんと自分の頭を叩きました。そのこっけいなしぐさに心を許したのか、みくちゃんの隣でお母さんがぷっ、と吹き出しました。

「あっ、すいません……」

 慌てて謝るお母さんに、おじいさんは笑顔でいいですよと手を振りました。そして、みくちゃんのほうに目を向け、じっ、と見つめてきました。

「ところで……」

 今はお面をしていて顔は見えないはずですが、浴衣の色や髪型から女の子と判断したのでしょう。おじいさんはお嬢ちゃん、と呼びかけてきました。「お嬢ちゃん。パンダマンは好きなのかな」

 もちろんです。みくちゃんは大きく首を縦に振ってうん! と元気良く返事をしました。

「ほほ、そうかいそうかい。実はね、わしも……なんだよ。だからね、同じパンダマン好き同士、お嬢ちゃんには特別に半額で好きなたまごを一個あげようね」

「本当!?」

 みくちゃんはぱっ、と目を輝かせました。さっきから、綺麗なたまごたちのことが気になってしようがなかったのです。

 横ではお母さんがいいんですかと不安げに聞いていましたが、

「どうせ無断で店を開いている身ですからの。口止め料、ということでここは一つ。それとも五十円では安すぎましたかな」

 と笑いながら言うおじいさんの言葉を聞いて、それじゃあと納得したようでした。

 お母さんの許しを得て、みくちゃんはわくわくしながらたまごたちを見渡します。

 右上にあるアポロチョコみたいな模様のたまごがいいかもしれません。

 一番下の真ん中あたりにあるおにぎりのような形をしたたまごがいいかもしれません。

 いえいえ、あるいは左のほうにあるロケットのように見えるたまごがいいかもしれません。

 ──散々迷った挙句、結局みくちゃんは最初に目の止まった虹のように七色に分かれたたまごを手に取りました。

「それがいいのかい?」

「うん!」

「うふふ、そうかいそうかい。──それじゃあお母さん」

 と突き出された右手のひらの上に、お母さんは財布から五十円玉を一枚取り出してちょんとおきました。

 どうもありがとうございましたと座りながら頭を下げるおじいさんに、お母さんとみくちゃんも頭を下げ返して、今来た道を引き返しました。

「……そうだ、お嬢ちゃん!」

 少し歩くと、おじいさんがそう声をかけてきました。

「なあにおじいちゃん?」

 お母さんと手を繋ぎながら、みくちゃんは振り返って聞き返します。

「お嬢ちゃんのほかに、パンダマンのお面をした子はいなかったかな」

「わたしのほかに?」

 みくちゃんはちょっと首をかしげて考えます。

 少なくとも、ここに来る途中では一人も見なかったような気がします。

 それに、ああ、思い出しました。

 そうです。確かお面屋の熊のようなおじさんは、パンダマンのお面を手渡す際に「それが最後の一個」と言っていたのではないでしょうか。

 それを伝えると、おじいさんはそうかいそうかいどうもありがとうよとうんうんとうなづき、それじゃあばいばいねと手を振ってきました。

 みくちゃんもばいばいと手を振り返すと、前に向き直り、今度こそお母さんと一緒に家路についたのでした。



 ──みくちゃんたち母娘の姿が見えなくなると、たまご売りのおじいさんはそれまで見せていた笑顔を引っ込め、さてとつぶやくとごそごそと店じまいの支度を始めました。

 はて、まだ売り物のたまごはたくさん残っているというのにもう店じまいとはいったいどういうことなのでしょう。

 が、おじいさんはただ黙々と後片付けを済ませると、風呂敷包みにした、たまごと看板の入ったござを背負い、近くに立てかけてあった水銀灯の明かりを消しました。

 とたん、あたりはまるで黒い絵の具をぶちまけたかのように真っ暗になりました。

 その暗闇の中、ただおじいさんの足音だけがこつこつと響いていましたが、やがてそれすらもす、と消えてしまったのでした。



<そのうち続く>