よくあるシチュエーションばかりで構成された小説を書いてみる | ぷりぷり! レモン日記

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連続ネット小説「じゃんけん」~第一回(全334回)~



「うわあ、いっけねぇ、遅刻しちまう!」

 時計の針が八時十五分を指しているのを見て、戸井烈人(といれっと)は慌てて朝食のトーストをほおばった。いちいち座って食べている暇はない。家から学校まで、全力で走っても十分はかかる。烈人はトーストをほおばったまま、黒革の学生カバンを手に急いで家を飛び出た。

 高二の一学期が始まってまだ二ヶ月と経っていないが、すでに十回ほど遅刻してしまっている。さすがにこれ以上遅刻を重ねるのはまずいだろう。

 母の風弗(プードル)もそれを知ってか、息子の行儀の悪さにも今日は目をつぶり、仕方ないといった表情で「気をつけてね」と送り出してくれた。

 こんなはずではなかった――と、烈人は駆けながら今朝の行動を思い起こしていた。

 烈人は毎朝午前五時には目をさます。

 普通なら、こんな時刻に目が覚めたのなら学校など余裕で間に合いそうな気もするのだが、彼はいつも、目が覚めるとまずはトレーニングを行うようにしていた。

 腕立て、腹筋、背筋、スクワットといった単純な筋トレから柔軟、そして、近所を軽くジョギングしながらのイメージトレーニング――シャドー「じゃんけん」を行ってから、ようやく朝食をとっていた。

 最初の筋トレや柔軟はなんら問題ない。決められた回数をこなすだけだから、いつも一時間で終わる。

 だが、その後のシャドーじゃんけんが問題だった。

 普段は一時間半程度で終わるように気をつけているのだが、たまに、熱中しすぎて今日のように八時を大きく回るまで続けてしまうことがあるのだ。

 去年もそれでかなり担任にしぼられたこともあり、二年になってからは腕時計をはめて出るようにしているのだが、それでも、熱中すると時間を確かめずにトレーニングを続けてしまうため、今のところあまり効果があるとは言えなかった。

 あいている左手でトーストをつかみ、噛みちぎる。

「畜生め」

 もぐもぐと口を動かしながら小声で呟く。

 そして、学校まであと一キロ程度のT字路にさしかかったところで、「それ」は起こった。

 きゃあ、と誰かの悲鳴が聞こえた、ような気がした。

 その瞬間。

 どん、という強い衝撃とともに、烈人の体は大きくはじき飛ばされ近くの電柱に激突した。

 背骨が悲鳴をあげ、猛烈な吐き気がこみ上げる。

 腰をかがめたまま、慌てて口元を押さえ、せっかく食べたトーストをはき出してたまるかと必死にこらえる。

 数十秒ほどその姿勢でじっ、としていると、やがて吐き気は治まってきた。

 そうして一体なにが起こったのかと顔をあげると


 ――そこに、一台のトラックが止まっていた。


 全長は五メートルほどか。工場などでよく見かける大きな二トントラックのようである。

「ちょっとあなた」

 声を掛けられ、烈人はそのトラックの助手席のドアのそばに誰かが立っていることに初めて気が付いた。

 少女であった。烈人の通う高校の、女子が着るブレザーに身を包んだ、目のぱっちりとしたポニーテールの……烈人の好みで言えば「可愛い」と言える少女であった。

「あなた」

 と、その少女はもう一度呼びかけ、こちらに近寄ってきた。

 少々どきまぎしながらも、烈人はなんだよ、と聞き返す。

 よもや、自分を心配しているのだろうか、などと甘い思いを抱いていたのだが――

「馬鹿じゃないの」

 その一言で、その甘い思いは一発ですっ飛んでいった。

「な、なんだと!」

 烈人は熱しやすい性格をしている。そう大声をあげ、勢いよく立ち上がって少女に詰め寄った。

「だってそうでしょ」

 だが、少女は臆するでもなく言い返した。「小学生の頃先生に習わなかった? 『右見て、左見て、また右を見て』って。こんな見通しの悪いトコで左右確認もせずに飛び出してくるなんて、どうかしてるんじゃないの?」

 うっ、と烈人は言葉につまった。口調は悪いが、確かに少女の言う通りである。

 このT字路は、烈人が走ってきたほうも、トラックがつっこんできたほうも片道だけの細い道となっている。

 ちょうど、道が交差するところには左右確認用のミラーも立っている。

「う、うるせぇな! だいたい、歩行者が飛び出してくるかも知れないのに気をつけなかったそっちだって悪いんだろ!」

「なんですって!」

 少女は目をつり上げた。当然であろう。いかに烈人が鍛えていると言っても、車と追突したら骨折くらいはする。それが、追突してすぐにこうして普通に会話している所から見て、相手はよほどゆっくりと走っていたのだろう。十分責任は果たしている。

 だが、先ほども述べたように烈人は熱しやすい。今や、彼の頭は煮えたぎるちゃんこ鍋のように沸騰して適切な判断ができなくなっていた。

「うるせぇ! こっちはあやうく轢死するところだったんだぞ! 怒って当たり前だろうが、ブス!」

「なっ……」

 少女は絶句した。恐らく最後の「ブス」であろう。

「……馬鹿!」

 最後に、吐き捨てるように言うと、少女はトラックに乗り込んだ。

 獣のうなり声のような音をたて、トラックは走り去る。

 その後ろ姿を見送りながら、さすがに最後のはちょっと言い過ぎたかな、と烈人は反省する。

 ふぅ、とため息をついた彼は、ふと、視界の中に異物が紛れ込んでいることに気が付いた。

 先ほどまでトラックが止まっていたところ。そこに、なにやら黄金に輝く物体が転がっていた。

 近寄って手に取る。

 そして、うわあ、と驚きの声をあげた。

 それは、重さ一キロはありそうな細長い金塊であった。一体いくらぐらいするものなのか、こんなものに触れたこともない烈人には見当もつかない。

 無論、こんなもの普段から転がっている訳がない。今日初めて見る。

 普通に考えれば――先ほどであった少女が落とした物であろう。普通の女子高生が金塊など携帯しているものかはなはだ疑問ではあるが。

 しばしの躊躇の後、烈人はその金塊をカバンに放り込んで再び駆けだした。

 彼は今まさに遅刻しようとしていたのである。


 きーんこーん……と、チャイムの鳴る音が聞こえる。

 今、烈人は教室へと廊下を全力疾走していた。

 時刻は八時三十分。途中予想外の「アクシデント」に巻き込まれ少々遅くなってしまった。それを取り戻さんととにかく無心に走り続けたためか、体力に自信のある彼には珍しくはぁはlと息を切らしている。心臓は蒸気機関車のように激しく波打っている。

 「2-C」と書かれた教室に飛び込む。

「セーフ!」

 と叫ぶと、教室内からクラスメートたちからやんやと喝采された。すかさず教壇に目をやる。担任の姿は見えない。どうやら間に合ったようだ。

 ほっ、と一息つき、友人のからかいの声に包まれながら己が席につく。

「なあ、烈人」

 座った途端、隣の席の鳥糸面斗(とりいとめんと)が声を掛けてきた。

「ん?」

「なんでも今日、転校生が来るらしいぜ」

「ふーん」

 と、適当に返事を返す。あるいは、そのためにまだ担任は来てないのだろうか。だとしたら転校生に感謝せねばなるまい。

「女の子だったらいいのになぁ」

 と面人が鼻の下を伸ばしているのにばーか、と笑う。

 その時、担任の山田井國(やまたいこく)が入ってきた。瞬間、教室が静寂に包まれる。

 山田はその何ヶ月も手入れしていないと思しきぼさぼさの頭をかくと、えー、と覇気のない声を出した。確か今年で三十三だったと思うが、こんなだからいまだに独身なのだろう。

「今日は、転校生が来ている」

 そう、やる気なさげに伝える。皆も噂でなんとなく知っていたはずだが、教室の中が少しずつ騒がしくなっていく。

「はいはい騒がない」

 山田は手を叩いて生徒を沈めると、おーい、と出入り口に向かって声を掛けた。

 がらりと扉が開き、一人の女生徒が入ってきた。

「皆さん始めまして。川矢水仙(かわやすいせん)と言います」

 ぺこりと女生徒が頭を下げ、ポニーテールに束ねられた髪が前にだらりと垂れ下がる。

 そして、女生徒が顔をあげた時、烈人は思わずああ! と声をあげていた。

「お前、今朝のトラック女!」

 そう叫んで指をさすと、烈人に気が付いた女性ともああ! と同じように声をあげた。

「あんた、不注意男!」

「な、なにぃ!」

 自分もトラック女などと呼んでおきながら、不注意男などと呼ばれ烈人はいきり立った。

 だが、

「あー、なんだお前ら、知り合いだったのか」

 という山田のやる気のない声とひゅーひゅーというクラスメートたちのはやし立てる声に、頭を冷やして腰を下ろす。見れば、水仙と名乗った少女もぶすりとした表情をしている。

「あー、じゃ、ちょうど烈人の隣があいているし、そこに座って」

 と、山田は面人と反対側の席を指さし、言った。

 最初、水仙は嫌そうな表情をしていたが、他にあいている席もないということで渋々ながらも従った。

 近くの女生徒たちによろしく、と声を掛けられ、笑顔でよろしく、と返している。

 だが、烈人がよろしく、と小声でとりあえずあいさつをすると、水仙はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 なんだこの女と一瞬頭に血が上りかけたが、ふと、先ほど拾った金塊のことを思いだし、カバンから取り出して少女に見せる。

「なぁ、これ、お前のか? さっき拾ったんだけど……」

「え、なによ……?」

 いぶかしげに聞き返した水仙は、烈人の手の中の金塊を見るとさっ、と顔色を変え、「お母さん!」と小さく叫んで奪うようにして受け取った。

 その乱暴な態度にお前なぁと一言言おうとした烈人であったが、水仙がうっすら涙目になっているのを見て言葉を飲んだ。

「よかった……どこに行っちゃったのかと思ったよ……」

 水仙は心底安心した様子で金塊に語りかけている。

 やがて、はっ、と顔をあげると、頬を赤らめ、ぷいと横を向いて、

「あ、ありがと……」

 と少々恥ずかしげに礼を言った。

 その様子を見て、烈人は改めてこの少女のことを、ああ、可愛いかもしんない、と思ったのだった。




<続く>


登場人物紹介


戸井烈人――主人公。じゃんけんの達人

戸井風弗――烈人の母。イギリス人とのハーフ。三十三才。

川矢水仙――ヒロイン。父親はトラック。母親は金塊。

鳥糸面人――烈人の友人。スケベ&アホキャラ担当。

山田井國――烈人のクラスの担任。実は……というタイプ。多分。