☆こんにちは、中学校教員レモラズです。身バレ防止のため、脚色を加えていることがあります。気楽に読んでくださいね。☆
先日、部活動の試合に引率したときのこと。
試合の出番がしばらくなく、待ってる子が一人。
雑談をしていたら、
「私ね、小学校の時は先生と全然うまくいかなくて。」と話し始めました。
「クラスにね、ちょっと変わった子がいたの。いわゆる『特別支援』が必要な子。その子の特別扱いにもう腹が立って腹が立って、先生の言うことやること全部嫌だった。」
小学校の時、その特別支援の子は、なんでも特別扱いで、人に嫌なことをしても、係の仕事をしなくても、宿題をやって来なくても、先生に怒られることがなかったそうです。
さらに、「でもね、正直、宿題なんかどうでもいいの。その子が困るだけだから。だけど、係の仕事をしないとか、人に嫌なことを言うとか、そんなのも先生は注意しないし、何だったら私たちに『我慢して』『許してあげて』ばっかり。特別支援の子ってそんなに偉いの?って思う。」
そうか、そうか。
「私さ、弟が自閉症で特別支援学級に入ってるのね。グレーゾーンってやつで。」
これは知ってたんだけど、彼女の口から聞くのは初めて。
彼女はしっかり者で、実は、クラスのいわゆる「変わった子」の奇行(休み時間に壁を舐める、鼻くそを机の上に並べて食べる、紙を細かくちぎって鼻息で飛ばして遊ぶ)を心配して、担任に伝えに来てくれた子でした。
「先生、あの子は支援がいる子なのかもしれないけど、あんなにおかしなことばかりしてたら、誰も分かってくれないし、助けてもらえないよ。汚すぎて笑えないもん。」
その「変わった子」は教師の見ていないところで色々やらかす子なのは聞いていましたが、彼女の目撃情報から、休み時間に奇行が多いことを知り、見守りの目を増やし、数々の奇行を現行犯で押さえ、一つ一つ指導をしていったのでした。
てっきりグレーゾーンなんて言葉を親から教えてもらったのかと思ったら、親の会話を聞いて、自分で色々調べたんだとか。
そんな彼女は、私たち教師の間では、なんとなく、
「特別支援教育に理解がある子」として知られていました。
でも、彼女から出てきたエピソードは、ちょっと予想とは違いました。
「特別支援の人たちって、苦手なことが多いっていうけど、みーーんな苦手なことがあるじゃない?頑張ったってできない苦手なことが。なのに、その人たちだけ問題が違ったり、その人たちだけ何か特別な助けをもらえたり、すごく不公平だと思う。
私ね、弟が大っ嫌いだったの。自閉症だから、全然気持ちも分かってくれないし、空気読めないし、何でも特別特別って。テストをして、私が90点台でも親には『なんでココ間違えたの?』って聞かれるのに、弟は50点とかでも『自閉症なのにすごいですね』って褒められる。自閉症だと、そんなに偉いの?って思う。
腹が立ってどうしようもなくて、親が見てないところで弟を叩いたり、ひどいことを言ったりしてたんだよね。」
ある時、陰で弟に暴力をふるっていたことを親に知られ、「あなたの気持ちはわかったけれど、叩くのは間違えている。周りの誰かに言葉で伝えてほしい。」と言われ、それからそうするようにしたんだとか。
「でもさ、学校の先生は、『弟がいるから、特別支援の必要な子にも優しくできるでしょ』って、同じ班にしたりしてくるんだよ。私、別に優しくないし、正直、家で気を遣うことでもう疲れる。学校までそういう子に振り回されたくない。自分のことで精一杯だよ。」
と言いながら、
「この前ね、隣のクラスのAくんが、顔にあざを作って来たでしょ?先生たちが呼んだ時、多分、Aくんは『バランスをくずして壁に顔をぶつけた』って言ったよね。
でも、あれ、本当は障害のあるお兄ちゃんが家で暴れて、殴られたんだって。
小学校の時、同じようなことがあって、両親が呼ばれたんだけど、また親が呼ばれたら大変だからって、Aくんは、それから誤魔化すようになった。
親も、お兄ちゃんは障がいがあるから言ってもわからないから我慢しなさい、って言うんだって。
障がい者の兄弟って、本当に大変だなって思う。
障がい者理解って言葉はよく聞くけど、理解して欲しいのは、障がい者だけじゃなくて、みんなだよ。」
(子どもの情報なので、鵜呑みにするのは危険ですが、
実は、そのAくんの出来事では、本人も誤魔化してる雰囲気があり、家庭連絡したときの親も歯に物が引っ掛かったような言い方をしたため、教師も引っかかっていたのです。ただ、学校は警察じゃないから取り調べはできず…。一応、動くための準備はしてありますけど。)
特別支援教育に色々誤解を持っているようですが、
彼女は、自分のことで精一杯、腹が立つと言いながら、
「不合理な扱いをされた健常者」のことをとても気にしています。
また、先に述べた「クラスの変わった子」が、紙をちぎって息を吹きかけて飛ばす遊びに夢中になっていた時も、周りが「あいつ、キモい」とばかりに距離をおく中、
「それは散らかるからやっちゃダメ!掃除する人が困るでしょ!」と言いながら、掃除をしてくれたのでした。
話の最後に、彼女は、
「夏休みの作文に、こういうモヤモヤしたのを書きたいの。何が特別なのかって話。でも先生、これが難しいんだよ。書き方を間違えると、ただの批判の文になっちゃう。私の提案を入れたらいいんだけど、じゃあどうしたらいいかなって考えると、また色々行き詰っちゃって。だけどさ、意見を言える場があるっていいよね!」
途中何度か先生はどう思う?と聞かれ、
言葉を選びながら答えるのがとても難しかったです。
特別支援って、何もかもヘルプされるわけではなく、何もかも許されるわけでもないんだということは伝えました。
でも、伝わった感じがしない

日本の特別支援教育はアメリカと比べると20年近く遅れていると聞いたことがあります。
島国で単一民族、みんな揃ってやりましょう!が大好きな日本人。
人と違うとか、発達が定型でない人への風当たりもとても強い。
そうした人の受け皿もあまり多くない。
そして、なんか、そういう人に優しくない。(これ私の思い込み?)
もっというと、画一的なのが好きだから、個別対応をするためのシステムなんて考えもしない。
(これは最近の私の個人的な課題)
彼女の作文を楽しみにするのと同時に、
私もちょっと久しぶりに合理的配慮、過剰支援について見直しました。
やっぱり子どもと話すって、大事だ。