ある時間労働者の日常

ある時間労働者の日常

なんとなく過ぎてく日常のあれこれを書いています。
仕事と趣味、同居話など^^


            

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たまに更新するブログです

パートタイマー&気まぐれに繊維を使う手芸などなどやってます

最近は高齢の母(2024.3月~要支援1➜2025.8月~要介護1)や同居の義母のことも。

シルバーウィークの連休中に実家に帰ってきました。

だんなとわたしと、誘ったら女性トイレもついてきてくれました。

だんなの運転する車で半日かけて移動、帰りは母の荷物をどっさり乗せて帰ってきました。




実家に帰ってももちろん母はいません。家の鍵を開けて中に入りALSOKの警備を解除。

ブレーカーや電気給湯機はだんながやってくれました。


家のなかは無人。虫には出会わなかったけど空気はなにかこもってたね。


庭の草引きをして、部屋の捨てられそうな物を分別して、、と思ったけど実際はお盆に妹が帰省した時にかなり整理して粗大ゴミとして処分場に運んでくれたみたい。

妹の友だちももらってくれた物もけっこうあるし、わりとスッキリしていたよ。



母の冬物の服を引っ張り出して選んだり、着物も2つだけ持って帰ってきた。

それと母の若い頃のアルバム。5冊ほど台紙がめっちゃ重たい。かなり昔の写真(写真館で撮るような台紙のついたもの)も持ち帰った。たしかまだあったはずなんだが、、とりあえずあるものだけ。

写真の処理、どうするかねー。



そんなこんな数日だったけど

女性トイレは超リラックスモード全開。

あんたは食べるためだけに帰ってきたのかい?っていうかんじ。

だんなは庭の草引きやら、設置してあるホームWi-Fiの撤去作業など。なにをどこまでしたらいいのかまったくわからんーとずっと言ってましたね。


食事はスーパーで買ってきたものか外食。楽させてもらいました。

おまけに私は友だちとランチも行かせてもらったし照れ



そして最終日。家を閉める時も仕上げはだんな任せで。部屋の様子から庭の様子の動画、写真撮って妹に送るようにアドバイスされたり。抜かりないです。(私ではまったく考えつかないことでグラサン)



しかし、今回はなんだかかなりさみしく思ってしまった帰省でした。

前までは道中に何回でも母から電話がかかってきて「今、どこまで帰ってきてる?いつ家に着く?」

というかんじだったのに、それがまったくありませんからね。


自分の家に到着しても、家についたよ!って母に連絡することもない。(妹についたよ!のLINEを送れるだけまだましかもしれないですけど)


楽なんだけど、わびしい気持ちでいっぱいになりました。

母には今回帰省することも伝えていません。

母がますます混乱するかなぁという心配があったので、いっそ知らない方が心が穏やかかなと。



あまりにもさみしかったため、ブログの流れを無視して気持ちを吐露してしまいました。

引っ越しの準備をするかたわら、新しく通うデイサービス探しも始めました。

母の場合は一人暮らしですでに実家の方でデイサービスに通っていたので、新しいデイサービスのケアマネさんと今までのケアマネさんが情報を共有してくださるということでした。

ただし、どこのデイにお世話になるかは家族が探してきてほしいということで。


役所に聞きにいくとリストを渡されてこの中のどこかで探してくださいと言われたし、地域包括に聞いても結局は家族がピックアップして見学に行って決めるという流れのようでした。


施設の実情を知っている人がまわりにいないのでネット情報をかき集めまして。

引っ越しの4ヶ月ほど前からぼちぼち目星を付け始めて見学に行きました。

その合間に母の電話にも対応し、自分の仕事にも行き、部屋の片付けもする。

なかなか思うように時間はつくれなかった、、というのが正直なところでした。



ケアマネさんからの提案は『小規模多機能』でいくつか施設?を持っている所がいいのではないかと。

ケアマネさんが介護プランをたてて介護の事業所やヘルパーさんに個別に声をかけて組み立ててくれる方法ではなく、小規模多機能の中でデイサービス、ヘルパー、宿泊が完結できるというシステム。

いつもおなじ職員さんの顔ぶれなので、母が混乱しにくいのでは?ということでした。

うちの地域では5施設ありました。


ただ、小規模多機能といっても各デイによって通所者さんの元気さや雰囲気はちがうみたいで。。


ひとつ見学に行き撃沈しました。

元気がない人が多くて母が浮きそうだと思った。


義母のつてで相談に行き、やはり小規模多機能のほうがいいような気がする、、と言われ。


最後に義母のつてで他所に見学に行き、そこにお世話になることに決めました。ちなみにそこはデイサービスとグループホーム、一泊のお泊まりありの所でした。

ケアマネさんに勧められたような『いくつかの施設』はなかったけど広くて解放感のある雰囲気のいい施設でした。

義母のつてではありましたが実は私、5年ほどマークしていた施設でありました。

母のことではなく、自分の再就職先としてブログやらホームページをたまに見ていたのでした笑い泣き

母の引っ越し当初、母がこちらの暮らしに慣れて、デイに行きながら楽しいこともして、、、なーんて思っていたのですが。

現実はそうそううまくいかないものですね。


まず、すべてが慣れない。

朝起きた瞬間から始まっている。母はここがどこなのか理解できなくて、私を呼んで確認作業。

ここはどこなのか?病院?旅館?

。。。毎朝くりかえされる質問に私は気持ちが沈んでばかりでした。

私はもしかして朝になればお母さんも状況がわかるようになってるかも??と、懲りもせず勝手に期待しては裏切られるという毎日の繰り返し。


何事も分からなくて不安になって混乱する。今いる場所、家族関係、年金はどうなっているのか、エミコさんはどこにいるのか?

(エミコさんは母の上の姉です。亡くなってからすでに30年たっています)

母はいろいろな疑問をぶつけてくるので、それに答えたり説明をしているとアッという間に2時間消えていきます。

私の休む時間がない、私の姿が見えないと探して呼ぶ。

同じ話は何度も何度もエンドレスで続いてく。


広くない家のなかで迷う。トイレ、洗面所、自分の部屋がいつまでも覚えられない。



まずは新しい住まいに少し慣れるのに1ヶ月以上かかりました。

実際は4ヶ月たってもやや覚えたかな?っていう程度で家のなかではまだ迷ってましたね。


  馬 つづく 馬

母が引っ越してきて5か月ちかくたちました。

この5か月で嘘のようにいろんなことが進んでいきまして・・

 


この5か月に起こったこと

 

①自分の時間がほとんどなくなった。伴侶が亡くなってから14年一人暮らしをしてきた母なのに、うちに引っ越してきてからは一人になると不安で留守番ができないし、人の姿が見えなくなると大声で探し出す・・

凝視なんでやねん凝視って感じですが、まぁこれは認知症の進行で不安感が強くなっているのかとも思う。

 

②そわそわして落ち着かない。ちょっと昼寝してくると言って部屋に行っても10分経たずにリターンしてくる。常に動き回っているイメージ・・

凝視なんて落ち着きのない人凝視かと思っていたけど、家族の推測では元々なにか発達障害があったのではないかと。

そういえば昔、夕飯前に食器を落として割ったりというのが毎日のようにあった気がする。私の3倍くらいの仕事量をやって予定も詰め込んで・・というのを思い出して、なんだか腑に落ちた。

ちなみに転居後の新しい主治医がお薬を変更していったらだいぶん落ち着きがでてきて家族もちょっとびっくりでした。

ちなみに元々の主治医は認知症専門医ではなかったのと、母一人で診察に行ってたので、状況が伝わりにくかったというのもあるでしょう。

 

③動ける認知症の介護は家族を壊す、というのを知った

無気力動けるが故の行動無気力が家族を悩ます。だんなは母の状態を【ちょっと力のある大きな赤ちゃん】と言った。

まったくそのとおりで、本人に悪気がなくてもとにかく手当たり次第に触ったり使おうとするのでガードが必要になった。

つまり、手の届くところに大事なものを置かない。歯磨きセットも今ではそれぞれの部屋に避難させている。

コンロはロックをかけてコンロカバーを倒しておくのがデフォルトになった。

物理的にさわれないようにシールを貼ったり、ロックをかけたり。だんなもネットでうまく探してきて設置してくれる。

というか、そんなグッズが売ってるんやー??の連続です。

 

④息をするように自然に電話をかける

自分の姉、次女(私の妹)、なぜかすぐそこにいる私にまで電話をかけてくる

 

⑤デイサービスに行くんですが、どれだけ説明してもデイというものが理解できない。仕事モード全開でこなしてくる。デイの方も途中から仕事という扱いにしてくださっていた。(笑)

 

  

  馬 続きます 馬

無事に一晩あけた。

母がトイレに起きれば私も起き出す、、の、くりかえしだった。


トイレの流し方、電気のスイッチ、台所。ありとあらゆる場所が実家と少しちがったから、母は戸惑うことがばかりだったにちがいない。

こちらの家族も戸惑うことが多かった。



こまごまブログを書こうかと思っていたけど、ここから怒涛の日々が始まり今日に至ります。

アメブロももうやめちまおうかなと思ったり、思い直したり。


今日は昼ご飯食べてから夕方まで爆睡していました。

爆睡しすぎて、目が覚めた時には今が朝か夕方かまったくわからなかったぐらい。。


しかしこうやって爆睡できるのは母がいないから、なのです。