10年前に決めて、これからの重荷になるからと箱にしまった感情を思い出していました。

 

自分は自分に嘘をついてきましたが、そうやって無理しないと歩めない道なのかどうかを何度も確認した上で、自分に嘘をついて前に進むことにしていました。それを日記に書いた記憶があります。

その当時は自らを殴ることもありました。

かなり今より、、黒い感じでした笑

 

私が送りたかった人生を、兄が送っていることへの嫉妬。というより優秀な兄に親が頼っていて、私にはなにも頼ってくれない。

そんなに頼りにならないのか俺は、という怒りがずっとありました。

「どれだけ時間をかけてあんたらの為に準備したと思ってるんだよ」

言いたくても決して言ってはいけない。我慢するほどに募る怒り。

だから、箱にしまって我慢するほうが、自分の怒りに耐えることができました。

 

親の注目や承認を欲しがっている私の幼稚さが嫌で仕方ありませんでした。

愛着障害のある子どもが問題行動をするのを見てきましたが、私にもそういう部分があるのを学校の子どもを通して実感していました。

あぁこういう感覚か、辛いよな。だからそういう子供の気持ちは割と分かる方でした。

 

 

ここに書いたのは少し前までの私です。

今は親と良好な関係を築けています。普通に話ができるようになりました。

10年前は全く会話などなく私から避けていましたが、今は普通に話せるようになりました。

 

この1ヶ月くらい、これまで逸れまくった道を一本にしようと、改めて歩き出す準備をしていました。

遠くに見えるべき北極星が定まりました。

5年近く彷徨っていました。

ずっと昔から分かっていたことを逃げないようにしただけかもしれません。

 

たくさん逸れたおかげで、世の中で自分がどういう役割なのかなんとなく分かるようになりました。

気が進まないことでも、やろうと思ったことはやってみたのが良かったです。

 

意図的に回り道をして、自分の意思で始めるための10年間だったのだと思い出しました。

ちゃんと自分で計画した道をしっかり歩めたのだと、小さな誇りを持てました。

お金も借りず、独力でよくやったと思います。

「ずっと我慢してやってきて偉かったね」と優しい言葉で自身に語りかける時も、最近はあります。

 

「君は何がしたいんだ?」とぶっきらぼうに人から言われたことがこの1年で2度もありました。

コスパの良い安全な近道を通ってきた人たちにそんなこと言われても。。と思いつつ、やはり傷つきはしました。

でもその言葉も良いヒントになりました。

 

私の場合は、人と分かりあう経験をするときに、人生への満足感を感じてきました。

相手の意図や相手の思いを汲み取るのは得意な方なので、聞き役にまわることが多かったです。

そういった点で知人から感謝されることがこれまでに何度かありました。

ただ私自身の話にはあまり興味がなさそうな人が殆どだったので、私の言い分は日記に書くようになりました。

日記ももう9冊目くらいです。

たくさんの毒を吐いて真っ黒になっていく日記帳があったおかげで、人に笑顔を向けれる自分をなんとか維持できたのだと思います。