今日も家の手伝いをしていましたが、凹んでいた自分の気持ちを慰めてくれる人がいました。

「人生は、やりたいようにやれば良いんだよ、何度でも。失敗なんて何度でもすれば良い。行き止まりになったって引き返せば良いんだから。」

と話してくれました。私の倍くらい人生を生きている人です。今日この人と話せたのは幸運だったと心から思いました。以前から知っていた檀家さんでした。話を聞いたら、ものすごく苦労されて生きてこられた方でした。

 

私の実家は、田舎にあるので、トライアンドエラーを良くないものとして見る人が一定数います。

そういう人からしたら、何かに挑戦すること自体は良くても、それで失敗することは汚点だと見ているところがあります。

そうやって村社会が形成され、誰も他者からの批判を恐れて行動しようともしなくなる。

そういうものを過去にずっと見てきました。

でもそんなに、無傷で生きれる人なんてこの世にどれくらいいるのでしょうか。不思議で仕方ありません。

 

批判的な人がたくさん周りにいたら、大抵の人は挑戦できなくなります。

私もそうでした。

そうやって、行動すること自体に恐れを抱くようになります。

それは、失敗すること自体の恐れじゃなく、周りから受け入れられなくなる恐れかもしれません。



同じ人間なのに足を引っ張り合うのは、どうしてなのか私にも分かりません。

それぞれ違ったカルマ(因縁・業)と事情を持っているのだから、一律になるはずがありません。

けれど、中にはその複雑さに負けないように戦ってきた人もいて、そういう経験をしてきた人は、一般論のような薄いことは言いません。

 

うまくいかないことが何かにつながることは、私も経験上知っています。

それは万人が理解しやすい論理ではありません。

非効率的で、遠回りで、忍耐力が問われる道だからです。

今の世の中は効率重視・コスパ良しが合言葉のようになっているので、非効率的なやり方は排除されがちです。

でも本当なんです。誰かの頭を借りた効率的なやり方よりも、自分の頭で考えた非効率的なやり方で出た結論の方が、ちゃんと何かに繫がるのです。

 

この世の中が、もう少し挑戦や失敗、再挑戦などに寛容であってほしいと強く願っています。

全ての人間が挑戦的である必要はないのですが、

葛藤や苦しみがあるときに、一人でも横で体を支えてくれる人がいれば、それだけで解決できる問題が沢山あるのだと思います。

 

昨日凹んでいたけど、今日は助けられたので、また書いてしまいました。

ここ最近で一番心が落ち着いた時間でした。