今年の下半期だけで4度目くらいの風邪症状で、また抗原検査に来ている。検査代が馬鹿にならないが、検査しないと出勤もできないので、払うべきところは払うしかない。
最近良いことがないなぁと思いながら、あまり深く考えないように努力している。
昨日などは39度まで熱が上がり、体調がおかしくなると考え方もおかしくなる経験をした。
身体に病気を抱えていたり、慢性的に痛みを持つような人は、どういう未来を見ているのだろうか。
人というのは今の心境と未来の自分を繋げて考えてしまう生き物だから、「きっと良くなる」が効かないような病気の人はどういう世界をみているのか、考えていた。

うまくいっているという感覚は残らず、嫌な経験ばかり印象に残るのはなぜか。きっとこの生活の中にも、この写真のような美しい景色に出会う瞬間や、誰かの心の優しさに癒やされる瞬間があるはずなのに、それよりも嫌なことや不安なことばかり生活に侵食してくる。ネガとかポジとかそういう尺度ではなく、ただ私はそうやって生き延びてきたんだ、ということかもしれない。
内科の駐車場で世の中を眺めていると、みんな平然と生活しているように見える。
どこにこんなお金があるんだろう、と思うような人だらけに見える。田舎にいると、家と車にお金をかける人が多い。持ち家も車も、別になくても人は暮らせるのだけど、そういうものを持っている人がたくさんいて、すごいなぁと思う。
手は人間には2つしかない。両手に荷物を持つと、何かあった時に転んで怪我をしてしまう。
現代の人は、両手に荷物を持って、肩には大きなリュックを背負って生活している。
減らせるところまで減らしてみれば、荷物はいつでも片手に収まるのかもしれない。
見栄を張って生きないようにすることに、この国は全然優しくない。優しい国と言われるが、協調性と同調圧力と見栄でできてきた国なのではないだろうか。
頑張るのもほどほどにして、自分の限界を越すようなことは避けて生きていく。それで周りと軋轢が生まれても、そこの同調圧力には向き合わないでいたい。
この国で育てられて感じてきた「普通」は全然普通じゃないから。
自分の生活を作るには、「普通」な人達から離れていくのが一番良いのかもしれない。
弱気だけど、そんな風に思いました。
