一昨日少し体調を崩していた。夜、都会近郊に住む友人から連絡が来た。
彼は私より一つ下で、3年前に子供が生まれた。
少し近況を話した。
田舎に住んで、仕事だけをして、ただ黙々と耐えて生きている私を心配しているようだった。
「出会いへの行動を止めないで」とアドバイスを受けたが、
ありがたさよりも、少し惨めな気持ちが湧く方が強かった。
そういう風に心配してくれる人がいることには、感謝しなくてはならない。
問題は、私が家庭を養えるような収入を得られる仕事を、安定して働くことがこれまでにできてないことだ。
そういう苦しさや不甲斐なさは、友人には話せない。弱さを吐き出しても、「みんなそうだよ。それでも行動し続けなきゃ何も起こらないから。」と真っ当な意見を助言されるだけだからだ。微妙にマウントを取られている気がして惨めな気持ちになりがちである。
体調を崩さず仕事ができていれば、もう少し出会いの場にも積極的にアプローチできるんだけど、これまでがこんな感じだから、消極的になってしまう。

大抵の悩みや苦しさは、自分が答えを持っていた。
答えを分かっていても事情があってできないから、前を向けなくなっていた。
そういう時に必要なのは、ただ否定も肯定もせず聞いてくれる他人の存在なのだと思う。
欲しいのは、頭の中で繰り返しリピートされる正論じゃなくて、「とりあえず今日は今のままで良い、少しずつ少しずつ」と思えるようになることだ。
自分で決める時、自分の気持ちに従えば良いのだろうが、私には自分というものがあまりない。周りが平和であればそれで良いと思う。
兄と比べられてずっと育ってきていたからなのか分からないが、人と違うことをして気を引こうとしたり、承認欲求がやたらと強かった。
だから仕事とか生活以外のところで無理をして頑張ろうとする。そして体調を崩す。
一昨日話した友人は、就労継続B型で職員をしている。自分にあった仕事をするというのは、無理をしないということでもある。
その友人には、私がなぜわざわざ自分で苦しい方に行くのか理解できないようだ。
私にも分からないのだから。
