今日も12時間近く仕事をした。

残業を減らせと言いながら、仕事量が減ることはない。

そしてそれについて文句も言わず、皆残業している。

やりがいを求めてやってる人が多い職種だから、致し方ないのかもしれない。

 

管理職は当てにならない。この前の面談で、頼りにならない感じがしてしまった。

彼らも所詮雇われの身であって、公務員てのは雇われることにある程度秀でた人たちであって、それは裏を返せば上手に歯車になれる能力があるということだと思う。

突出して能力を持っている人は少ない代わりに、トラブルを起こすような変な人も少ない。

従順で、人の言うことに深く考えずハイと言える人間が、上手にこの仕事を続けている印象である。

もしくは、その矛盾を自認しながらも、やりがいのために努力し続ける人か。

 

後者の人間は少ないが、どの学校にも多少いる。

自分の意思があって、歯車というのを感じさせないとても優秀な人たちだ。

私もかつてはそういう人間になろうとしていたが、今では半ば諦めかけている。

かなり忍耐力が求められるから。

 

何事にも適性というのはあって、いくら努力しても越えられないものはやっぱりある。

私が子どもに対して、すごく愛着を持って接することができないのと同様に。

だがなぜか子どもから好かれてはいるので、それは嬉しいことかもしれない。

 

一つ私の利点を挙げれば、逃げないことだと思っている。

目の前で起きていることからは、逃げないようにしている。

すぐに負担から逃げてしまう教員と一緒に働いているせいか、私は現実と向き合える性質があるのだなと理解することができた。これまで一緒に仕事してきた人たちの中でも、群を抜いて負担を避けようとするその人は、多分これからもそうやって周りの人のご機嫌をとって、自信を持てずに生きていくだろう。

 



以前、僧侶のころ、知人の葬儀で、喪主から半ば脅しに近い言葉をかけられたことがあった。

ちゃんとやらなかったらこ○すぞくらいのことを言われた。

私は逃げずに仕事を全うした。かなり精神的に犠牲を払ったが、そこで耐えた経験も今の私の中に強さとして残っている。

 

人によって何から逃げないかは別だが、逃げるならちゃんと逃げたほうが良い時もある。それは強さでもある。

耐えられるものかそうでないか見極めること。自分を潰す必要はないし、楽な道を選んだほうが良いことだって勿論ある。

でもね、「あれは単なる逃げだったな」と思う過去が増えるほど、人生に対する自信が減っていく気がする。

弱さや強さは、表面的な結果のことじゃない。

自分の弱さに対してどう対処するか。

強さとは、弱さから逃げず向き合う経験を経て、いつの間にか身についていくものと思っている。

現代に強さが必要か、は分からない。そんなものは不要なのかもしれないが。

 

私は過去に人からいじめられた経験があって、その時に自尊心が壊れ乖離状態のようになった。

その頃の自分が惨めで死ぬほど嫌いだから、今はどんな手を使っても、自尊心を守るために逃げないようにしている。

私にとって自尊心を守ることが、唯一で最大の課題なのだと思う。

どんな手を使っても、というところが、頑固な私らしいところだと思う。