毎朝、「これでいいのか」と自問しながら起きることが続いている。

どこにも所属していないと、この世界で自分しか生き物はいないんじゃないか、という錯覚に陥る。

夕方、世話になっている先輩に連絡した。

話の流れで、互いによく聴いているラップの曲を、改めて自分のためにピックアップしてくれた。

何百回も聴いた曲だが、今日ほど歌詞が身にしみてきたのは初めてかもしれない。

 

 

「生まれたこと自体に意味なんてない けどもしも欲しいんならば付けちゃいなよ 世界で今日お前はねここにしかいない そのお前の事を教えちゃくれないか? ここじゃねぇ場所にもう逃げちゃいたいしね胸の奥の痣も癒えちゃいない   その痣の訳など知らないが  もしかすると俺ら一緒かもしれないな 

探し物がねぇって だからそれで滅入ってる で誇るものねぇじゃ 坂のぼるもねぇじゃん 意義も意味も見えない いっこうに電車来ねぇその駅でチャンス待つよりゃマシかもYou  gotta make it 森で迷えど木漏れ日 上見りゃ空は広がるぜその目に 

何もねぇ されどね 手にしてぇもんなら後で  競馬でいったら大本命に賭けてもおもろくないもんで    

得手とか不得手を覚えたよ滑って転がりゃ空は広ぇ 

生まれたこと自体に意味なんてない けどもしも欲しいんならば付けちゃいなよ 世界で今日お前はねここにしかいない そのお前の事を教えちゃくれないか? ここじゃねぇ場所にもう逃げちゃいたいしね胸の奥の痣も癒えちゃいない   その痣の訳など知らないが もしかすると俺ら一緒かもしれないな 

寝付けず朝を迎えてまたAlone噛み締めたって始まってる今日 で、後ろにゃ過去  引きずっても持ってないんだろよく切れるハサミ 誰かにそれ渡されても合点がいかない スマホの画面っての撫でては眺め 誰かの暮らし それを覗いても変わんねぇ Lifeって名前のさその映画の主役はお前に決まってんじゃん そりゃ明確  最初から順調ならなるかもBad end それよりゃ見てぇもんだ大ドンデンを後で  オチなら後付け それでさいいんだよ 俺もお前も多分皆んな 」(勝手に部分抜粋)

 

リリックもトラックも良すぎるよ。再生回数がそれを証明している。



ブログに書くような言葉じゃなくて、話し言葉で書いてみよう。

俺さ、これまでいろいろ足掻いてきたのは、ずっと何かにコントロールされてたのかな。

やりたいことなんてずっとないし、自分にできそうなことをやり続けているだけ。

唯一自分の中心で入れたのは、僧衣をまとって人の悩みを聞いていた時かもしれない。

 

葬儀に行けば、戒名料や葬儀代など、一般的な感覚とは違う金額を施主に払ってもらわなければならん。

慣れれば良いだけの話なのだけれど、たかだか40分程度の読経で、何十万円も収めている檀家さんらを見て、罪悪感がしんどい。この金を稼ぐのに、どれだけ働かなくてはいけないんだろう、と。

 

しかし俺には、読経以外のことはできない。それしか習ってきてないから。

この仕事を続けていくには、そういう暗黙のしきたりに慣れていくしかない。

お坊さんたちも、若い人は青年会と言って、上辺では有志の集まりの体を装って集まっては飲み会を開き、女性がいるお店に平気で行っては、元は檀家のお布施であろう持ち金を使う。

一度、先輩の人達と飲みに行った時、目上の人が10万以上の金を会計で出していた。(基本は先輩が出すという悪しき風習があった。)別の飲み会では、吐くまで飲まされたこともある。

 

俺はよく分からなくなってしまったよ。ずっと目指してきた仕事が、しがらみだらけで成り立っていること。

何も知らなかった頃はかっこよく見えた父の姿が、その辺りから偽善的な姿に見え出した。

おかしいな、こんなはずじゃなかったんだけどな。

そういう気持ちが増え過ぎてしまったから、そこから逃げるように飛び出した今の自分がいる。

 

でも俺の根底には、いまだに「良いお坊さんになりたい。」という気持ちが小さくとも存在してしまっている。

私が教員になろうと思ったのは、僧侶を辞めるための口実だった。社会勉強をしなくてはいけないとも思っていた。

だから、苦しんで悩んで経験を増やさなくては、ともずっと思っていた。

それは幸か不幸か、達成した。達成した今、また元々いた景色に戻ってしまった。



『お前は坊さんになるのか?ならないのか?』

私の罪悪感はここから来ているし、それが体にも出ていると思う。

けれど、向き合えば苦しむし、逃げれば罪悪感が出る。

そして悲しいことに、自分の性格は僧侶に向いてしまっている。

それは自分が一番よく分かっているから、尚更しんどいのかもしれない。

修行中にもふと感じた。

他の人が苦労して覚えたりして身に付けていることが、私には簡単にできている。

なぜか私と話すためだけにお寺に会いに来てくれた青年もいた。私と話すと気持ちが落ち着くようだった。

私は内向的なので、元気な坊さんよりもある意味でそれなりに需要があるようにも思えた。

 

話が長くなってしまった。

今日は、ハローワークに連絡し、先日相談した求人の紹介状をマイページ上でもらった。

wordで書いておいた履歴書とそれを同封して、郵便局に出しに行った。

家に帰って、なぜか気持ちが暗くなって寝てしまった。1時間後に起きたら、頭痛やらだるさやらが襲ってきた。

コンフォートゾーンを出ようとしてるとき、私はいつもこうやって不安定になる。

今日は薬さえ飲まなかったが、取り戻すために結構頑張った。

マイナスをゼロに戻そうとしてるだけの日常かもしれない。

傍からは引きこもって何にもしてないように見えると思う。別にそれでも良い。

それでもこの人生の主役は自分自身だろう。


ちょっと書きすぎたな笑