午後、バイクで走り出したら、反対側の歩道で横になっている人を見かけた。

なんでこんなところで寝ているんだろう。。

そういえば数秒前に、スマホを持って小走りになっている女性がいたなと思い出し、不穏なものを感じ、引き返した。

 

バイクを路駐し、

「大丈夫ですか?」

と声をかけると、女性の方は

「道で倒れているのを私が発見して、今救急車を呼んでいます。」

と返答をしてくれた。

 

おそらく知的障がいのある成人男性で、てんかん発作なのか熱中症なのか判別がつかないような感じで、道端で仰向けになって震えていた。電話対応してくれている女性には、障がいの知識はなさそうだった。

自閉症で中〜重度くらいの知的障がいがあるのはすぐに見て取れたが、倒れている原因が全く分からなかった。

 

声をかけると返答はあり、意識の確認はできたので、そのまま様子を見ていた。

返答があるということは、言葉をある程度認識できるということでもある。

 

これが仮に転倒での脳震盪や、てんかん発作だった場合、頭や体を動かしたりなどはあまりせず、見守る方が良いことの方が多い。

また、意識がない状況の場合は、誤嚥を防ぐために横向きに体を向ける必要があることもある。

昔入所施設で働いていた頃、てんかん発作がある場合は、持続時間やどういう痙攣なのかをチェックする必要を教わった。

発作の場合、周囲にある物をどかしたり頭部を守ったりする以外に、支援者ができることは、実際にはあまりない。

 

 

少しの間、手を握ったり、声をかけたりして見守っていると、倒れている方の同伴者らしき人がそれを見つけて走ってきてくれた。

救急車が来る前に、その方達の同伴者が続々と現れ、状況としてはもう大丈夫そうだったので、私は少し声をかけその場から失礼した。

 

バイクで走りながら、考え事をした。

倒れていた方は、私とそんなに年齢が変わらないように見えた。

 

生きている、ってすごいことだ、と知りながら、私自身は感謝もせず日常をただ垂れ流しているような気がした。

 

家に帰って、なぜかすごく疲れを感じ、仮眠をとった。

 

 

父に手紙を書こうと思っている。

私がずっとこのブログで書いている孤独や苦しさの出所は、私と家族の関係にあるのだと、信頼のおける知人に相談して気付かされたからだ。

 

私はずっと、父親に対して距離をとってきた。

昔、引きこもっていた時に家族に対して憎悪に近い気持ちが湧き、これでは私は生きていけないと8年前に家を出た。

それから、私は自立して生きられるようにはなったが、根本の問題は変わらず残っていた。

 

私は親とは話したかったが、親は私に興味がないような言動を取ることが多く、そして困ったら私に頼ろうとしているのではないかとも憶測を立てたりして、「ただ親に利用されてるだけなんじゃないのか。」という気持ちが8年前にはあった。それが憎しみに近い気持ちにつながっていた。

俺の高校時代からのこの10年間を返してくれよ、と言う気持ちが湧いてくると、本当に自分の存在も何もかも壊したくなったりした。

 

いわゆる、干渉しない親、放任とは少し違う感じの、何も言わない親、と言うのが私の親だ。

だから何を考えてるのか、ずっと分からない。どうしたいのかも言わない。

どう考えてるのか、もはっきりしない。

 

私は、自分がずっと、お寺のことで悩んでいると思っていた。

けれど、核心はそこじゃなかった。

私は親とのつながりを求めていたにも関わらず、それを「自分を苦しめるもの」と思って、自分で遮断していたことを、忘れかけていた。

それに気づいたからだ。