こういう時どうするんだっけ?
そういう問いは何度もしてきたけど、どうしても行き詰まってしまった。
頭痛やら吐き気やら、そういう訴えてくるものを、今あるものでは解決できないから、空白を見つめてみた。
私が幸せでありますように。
この言葉は、南方仏教で日常的に読誦されるお経、慈悲の瞑想という。
私の悩み苦しみがなくなりますように。
こういった言葉を口に出していくと、わずかずつではあるが現実が変わっていく。
私の願い事が叶えられますように。

私欲が無い私にとって、方向を指示してくれるのは慈悲の瞑想なのだと思う。
なりたい自分などなく、在りたい自分はある。
世界にある全ての生命は、皆繋がっている。
それを覚知することはできなくても、実際に私たちは皆同じ条件の下で、別の環境を生きているだけである。
思い通りにならない人生だという前提がわかっていれば、どう転んでも成り行きだったという結論にはなる。
そこにたどり着くまでのプロセスは、この「在りたい自分」で続けていこう。
私が幸せでありますように。