束縛と自由という相対するものの中で、ちょうど良い匙加減を選ぶための行動。

責任や束縛というものを知らなければ自由の意味も深くは理解できないだろうし、その逆もまた然り。

完全に自由になることは、リスクのあることで、それをできるのは自分の能力に自信がある者だけだ。

 

夜は、外は真っ暗になる。

夜にも開いている店があるような都会と違い、この田舎では夜は無音の静寂と暗闇に包まれる。

人気もなく、ただ空気と家があるだけのように見える。

 

ライフステージをきっちり意識して若い頃から生きてきた人が、田舎には多い。

だからそうじゃなかった人を、色眼鏡で見る人も、また多い。

私のように各地を転々として、この年齢で大して貯金もなく、ただ夢や希望の類は捨てずに頑張っている感じの人はほとんど見かけていない。都会にいた頃は、そういう人はどこにもチラホラといた。

 

環境に左右される生き物だから、周りにそういう人がいればそういうものだと思うものだ。

生まれ育った環境で得た先入観は、結構、一生続くものである。

 

何にもならないのだけれど、それをしないと保てないもの。

そういう意味のなさそうなものの中に、自分を継続させるために必要なものがある。

本当は、それをするために生きているのかもしれないけど、人に言えなかったり、大したことないことのような気がして、封じ込めていたりする。

 

無理やり閉じ込めたり、外から見えないようにしまっておいたりすると、

意外にもそれは消えてなくならず、深層意識の闇に固着形成されていくことがある。

行動というのは心のバランスを保つためにやっているもので、心は小さな偏りも見逃さない。

それを当人が気づかないだけだ。



職場にギャンブル依存の先輩がいるが、その人もそうやって自分を保っている。

俺はだめだなぁと言いながらやっている。

生活を脅かすほどでなければ、別に何をしたって良いように思うが。

クリーンなものを求める人が増えたのは、一体どうしてなんだろうか。

 

自分との対話や、思考による行動、そのPDCAサイクルみたいなのに疲れたから、

金曜の仕事が終わったら、何も考えず思ったことをしてみようと思う。

目的地だけ決めてどこかにいくのも良いし、ただ家で寝てるだけでも良い。

深く考えず、行動してみたい。