自分が課した課題について、越えるまでは何度でもやる。
越えられないなら、避けるかくぐるかして、この立ち位置からは離れよう。
生計を立てれるようにしたかった。
引きこもり体質の私は、もう絶対に実家には戻らないぞー、と決心して、ずっと一人で戦ってきたように思う。
家族の支援があって戦えればそれが一番安定したんだけど、私にはそれが難しかったから、自分で解決しようとした。
自分で解決しようとすると、必然的に無理をしなくてはならなくなる。
押し殺したり、溜め込んだり、孤独を感じないように黒い自分を作ったり。
最終的に、不安感が私は普通の人より多少強いのだとわかって、その対処をしだしてから少し楽になった。
これは嘆きみたいなもので、この書き殴ったような絵ををどこかにぽんっと置きたいのかもしれない。

私の家系で心療内科にお世話になったのは、多分私だけだ。
2017年の10月に初めて飲んで、正直「これがあるのをもっと早く知りたかったなぁ」と思った。
精神安定剤でも強めの薬なのだが、それを持ち歩いている私は、「多分これからは描いていたような人生は送れないのかもなぁ。」とふと思った。
家を出て3年目の31歳の時だった。楽になったが、薬を飲むたびに幸福から遠のいているような気がしていた。
でも別に生活は送れている。自分への信頼感が多少減った程度かもしれない。他人に言えない裏の自分のようなものができていった気もする。
また元の場所に戻ってきたんだろうか。
探すのをやめたら、また「これがなんになるんだ」というニヒリズムに襲われる。
問題なのは、心身ともにそこそこしんどい状態が、持続していることだ。もう4ヶ月目に入った。
薬自体は最近はほとんど飲まなくなった。不安自体は以前より減った。それは良かったが、
毎朝のように「先の見えなさ」に襲われる。一時期ほどの強度ではないが、「辛いな。」と言葉にできるくらいのしんどさだ。
何とか生き延びていくしかないのだが、初心を忘れそうになる。
ちょっと鬱っぽい症状なのかもしれないし、昨年の後遺症かもしれない。
ちょっと忘れやすくなった。仕事でも、結構重要なことを忘れていたりする。

9時ごろ寝たら3時ごろ起きたので、これをPCで書く。
このブログも消すことはないと思うけど、、使い方に疑問が出てきてはいる。
自分は、同じところをぐるぐる回っているだけなんじゃ、と思うことがある。
元気は一応あるのだが、明るいものが見えてない状態。
本来楽しかったことが心に響かなくなってきたのも、黄色信号なのかも。
先が見えたらどれだけ楽かなー、とは思うけど、やはりここでも、
人事を尽くして天命を待つより他ない。修行だね。
海に行っても、昨日は大して何も感じなかったな。海からのサインはなし。
けれど相変わらず、波が作る無数の線や、夕日に当たって色彩を微妙に変える水は、掴めないのに掴みたいなと思うくらい美しいなと思った。ぼんやりした頭で、寒さの中突っ立って、海を眺めていました。