いろいろ考えてみて、結局のところ思考は大して役に立たないことが多いのだと思った。
思考は、オリジナリティあふれる部分だけれど、ここで事実がネジ曲がっていく気がする。
何事も、それを受けた生理反応・感覚・感情が1番まともな判断基準で、それに従っていれば自然と行動は続いていくと信じている。
どんなときにも光がある。
その言葉を信じたい。
人は生きていてそれだけで尊いものだと幼い頃親から伝えられてきたが、実際「ほんとに現実はそうか?」と疑問に思うことが多い。
私は今また、実家への帰途についている。
今回は、私と父さんの考えを共有し、今後を相談する為に帰る。
父が私のことを息子として見ているなら、突き放すようなことは言わないと思うが。。そうあってほしい。
私の人生は、父からするときっと惨めに思えるのだと思う。
親でさえ子を「評価」しているのかな。親になってないからそのへんは分からない。。生きているだけで満足、という感じにして欲しいが、そうは思ってくれないのがなかなか。
適齢期、未来のこと、過去の失敗。
変えられないもの、後悔、苦しみでつかむような未来の話にはしたくない。
そういう会話が中心にならないことだけを祈って、重い気持ちになりながら帰途についています。今回は、私はかなり言葉を選んで、父の気持ちを尊重しながら話そうと思う。
傷つくことは覚悟だが、これは非常に大切なことなので、今回ばかりは頑張ろうと思う。

