2大会連続アジアで開催された冬季オリンピック。フィギュアスケートの試合がアメリカのテレビ局の都合で朝に競技が行われて、一方でヨーロッパで人気のある競技はやはり時差に合わせて夜の遅い時間に始まったり。4年に1度の最大のスポーツの祭典が、一番アスリートファーストとは言えないスポーツ大会になってしまっているのは皮肉だなぁと思います。

東京オリンピックを見ていても、アスリートがベストコンディションで臨めるような気象条件とか競技時間が無視されて、いろんな利権が絡んで開催地やスケジュールが決定されるのをまざまざと感じました。

選手は競技を続けるのにスポンサーに支えられているので、どんな状況でも従うしかない。


子供の頃は純粋にオリンピックってすごいなぁと思っていたのが、だんだん冷めた気持ちで見るようになってしまった自分がいます。


それでも、アスリートが自分の力を出し切って、勝利する姿には感動をもらいます。

夏のオリンピックでは、卓球で競合だった中国を打ち破って金メダルを獲得した男女混合ダブルスの試合に感動しました。


今回のオリンピックでは、平野歩夢選手のハープパイプ金メダルに感動しました。決勝の2回目に彼にしかできない最高難度の技を成功させて、これでトップだと思ったら、何故か1位を超えさせない低い点数が出て、平昌の時の不可解な採点再び、と思ってしまいました。

それでも、最後になる3回目でまた同じ技に挑戦して成功。圧倒的な演技に審判も高得点を出さざるを得なくなって優勝。


命をかけて最高難度の大技に取り組んでいた選手の努力がちゃんと報われて良かった。


その後の会見で、2回目の採点に納得してなかった。そして、平昌の時の経験を踏まえて、オリンピックは滑走順だったり、その時の雰囲気だったり、Xゲームとは違う要素があるから、隙を見せない演技をしなければいけないと思ったと語っていたのが印象的でした。


オリンピックは一番注目が高い大会だから、国家だったり、スポンサーだったり、競技団体だったり、いろんな思惑が時には採点に影響を与える時があるし、不可解なものを目にしてしまうと、採点競技そのものに嫌な気持ちを抱いてしまうこともあります。


フィギュア界でこの4年間、全く隙を与えない演技をしてきたのは、ネイサン・チェン選手でした。4Ltz、4Fという基礎点の高いジャンプを組み込み、誰よりも高いジャンプ構成を、大きな大会で毎回ミスなく滑るというのを何回もやってのけてきました。

フィギュアスケートをずっと見てきた人だったら、ネイサンが金メダル最有力候補にいたのが分かっていたはずです。


でも、オリンピックが始まってみると、フィギュアスケートの報道の仕方が何か変だなぁと感じずにはいられませんでした。

どのチャンネルを見ても、羽生選手三連覇へという文字が踊って、また史上初の4A成功なるかと、煽っていました。平昌の二連覇は怪我で絶望視されていた中での奇跡の逆転ドラマだったので、また同じドラマを期待する人達の気持ちも分からなくはない。


テレビ離れが進んでいる中、注目選手がいる生のスポーツ中継は、高視聴率がとれる優良コンテンツです。

オリンピックでしかフィギュアスケートを見ない人に、4Aが成功したら金メダルがあるというような印象操作で、視聴率を稼ごうとしているメディアの思惑が見えました。


追い込まれたフリーで、有言実行で4Aに挑戦して、転倒したとはいえ、あそこまで回りきった姿にはすごいと思いました。


でも、後日、スポーツ誌の一面に4A初認定という見出しが並んでいたのには、競技のルールさえ捻じ曲げてしまう強引なこじつけに思えました。


高難度ジャンプに試合で初めて挑戦して、失敗したとはいえ、プロトコルに記載された選手は過去にもたくさんいます。


フィギュアスケートは競技人口が少なく、一般にはルールが分かりにくいということで、オリンピック以外でもテレビ放送ではしばしば過剰なドラマ仕立ての演出をされるというのをずっと見てきて、違和感を感じることがありました。


4A煽りでふと思い出したのが、2017年の全日本選手権です。

当時、昌磨くんは4Tが回りすぎてコンビネーションに繋げられないというスランプに陥ってました。悩んだ挙句、代わりに3A-4Tというコンビネーションにフリーで挑戦しようとしたのです。

羽生くんが怪我で欠場していた中、なんとか視聴率が稼ごうという事情もあったのでしょう。「宇野昌磨は世界初に挑戦」というテロップがずっとテレビ画面に表示されいて、こればかりが大きく取り上げられるのは嫌だなぁと苦々しく思いました。


あのシーズンは羽生くんの試合欠場によって、代わりに急に昌磨くんがカメラに追いかけられるようになってしまって、でも、オリンピックが始まり、羽生くんが平昌入りを果たしたら、メディアの注目は一変して、昌磨くんは一気に取り上げられなくなりました。


でも、その時、インタビューで昌磨くんが発した言葉が、


視線を感じないのでラクです。うれしい。


だったのです。


男子シングルの試合が終わって、メダルを取った選手が小さくしか取り上げられないことに、世間でおかしいという声が上がって、私もモヤモヤしてたけど、そんな時に思い出したのは、以前、公式サイトで全日本選手権の後に昌磨くんが書いていたこの言葉です。


最後に、皆さまに本音を言います。僕は僕のままで充分で、今のままで本当に幸せです。これからもマイペースに頑張りますので、皆さまもマイペースに、のんびりと見守ってください。


優勝した昌磨くんが取り上げられなくて、ファンがざわついたりしていた時でした。


もしかしたら、自分が応援する選手がもっと注目されて騒がれて欲しいというのは、ファンのエゴで、当の本人はマイペースで世界選手権に向けて調整できて良かったと思っているかもしれない。


昌磨くんはシニアに上がってから、メディアがプッシュして煽ろうとした時期もあったけど、自分が注目を浴びたりするのが好きじゃなくて、メディアの期待通りに応えるタイプじゃなかった。


オリンピックへの抱負を聞かれて、「金メダル目指します。日本の為に頑張ります」って言ってくれる選手はマスコミも頼もしいし、取り上げやすい。


でも、昌磨くんは


オリンピックは一つの試合。自分はそれだけが目標ではない。


平昌オリンピックの前から、終始一貫、この言葉を繰り返していました。


最初にこの言葉聞いた時、不思議に思いました。スポーツ選手にとって最終目標はオリンピックであるはずだ。それが目標でなかったら、一体何を目標にスケートしているんだろうと。


平昌オリンピックで銀メダルを取った後、他人と違う考えをしているということで、世間で天然だと言われてしまったり、斜に構えていると取られてしまったりしました。


でも、その後、コロナ禍で反対が多い中、強行開催された東京オリンピック、人権問題で議論が起こった北京オリンピック、不可解な判定や採点、少しずつ世の中でオリンピックに対して懐疑論が出てきて、各競技で世界選手権があるのだから、オリンピックは要らないんじゃないかという声まで出てきました。


アスリートが目指す最終目標がオリンピックというのは、マスコミに刷り込まれてきたものだったのかもしれない、と私も今では思うようになりました。


オリンピックは普段はその競技を見ない人も見るので、新たに競技のファンを増やすという役割もしているから、一概に必要ないものとは言えない。


でも、フィギュアスケートのように、スポーツであると共に芸術性も求められるスポーツは、その選手によって一番いい演技ができたのがオリンピックではないということもたくさんある。


オリンピックで感動ドラマを演出するメディアを横目に、これからも昌磨くんをマイペースで応援して行こうと思いました。