四大陸の前にハードディスクを整理しようと、以前録画してまだ見ていなかった番組を見たり、もう一度見返したりしてました。

全日本前に放送された高橋大輔 シングル引退密着ドキュメントを見て、つくづく全日本前に怪我がなくて、西日本大会にも出場できて、全日本で満足な演技ができたら良かったのにと思いました。
でも、十分な練習が積めない中でも全日本に出場して、ジャンプが纏まらずカッコ悪い姿も見せながら、シングルを後にした高橋さんが、逆にカッコいいと思いました。

考えてみると、The phoenicsを試合で披露できたのはたった1回になってしまったんですね。
氷艶が終わってから、今までにないプログラムに挑戦したいと、世界的なダンス振付師、シェリル・ムラカミさんに振り付けを依頼する。フィギュアスケートの振付は未経験なので、ミーシャー・ジーさんがプログラムとして必要な要素を満たすようにアドバイスしながら、一緒に作り上げていくけど、シェリルさんの要求とミーシャさんの要望がぶつかりあってしまうことも度々起こる。こんな体力の使う激しい動きでプログラムを滑るのは無理じゃないか、と高橋さんも弱気になってしまうこともあった。
それでもプログラムを作り上げ、練習を積み重ねていった。

今思うと、CaOIの会場でこのプログラを見ておいて本当に良かったなぁと思います。
ショーも含めると、1回ではなかったことに気づきました。


その前年のCaOIで、本当にたった一度だけ披露するプログラムを最後に滑って、プロスケーターを引退したスケーターがいます。
町田樹さんです。

集大成になるプログラムだから、ジャンプを失敗したくなかっただろうし、一期一会で全身全霊を込めて演じたはず。そのプログラムに向かう気持ちはどんなものだったのかと考えます。

その前にも、JOやCaOIでは一回しか滑らないプログラムを何回か披露してきました。

たった一回の公演の為に、構想を練り、振り付けを考え、大学院生として忙しい学業の合間を縫って、練習を重ねる。
本当に表現することが好きで、プログラムを通して観客に伝えたいのものが溢れていたのだと思います。

町田さんを不器用な人だなぁと思ったことがあります。
引退後しばらくは一切取材に応じず、演技以外のことで自分を宣伝しようとか、ファンを増やそうとはしませんでした。
黙々とただ演技を通してのみ、観客に語りかけ続けました。
現役最後のフリープログラムとなった「第九」で、あと少し後に跳べば、後半ボーナスの1.1倍の加点がつくのに、そうしなかったジャンプがあった。
ジャンプの位置にも全て意味を込めたと言っていたプログラムだったので、そこを変えることが出来なかったのでしょう。

1点でも多く点数を稼ぐ為に工夫をしている選手と比較して、批判的に見ることもできます。
私も当時は、そんなことにこだわるより、勝って今度こそは世界一になって欲しいと思ってました。

でも、それはフィギュアスケートを単にジャンプや技術力を競うものではなく、アーティスティックスポーツとして捉える町田さんの信念だったのだと思います。

技術的に自分のできる最高のものを詰め込み、かつ芸術面でも妥協しない、その演技を行った先には自然に点数がついてくる、現役時代にこう語っていました。

実際に、2014年の世界選手権でそれは実現しました。
「エデンの東」で完璧な演技を行い、自己最高得点を大幅に更新して、SP1位になりました。

オリンピックメダリストというような実績もない、海外の有名コーチについているわけでもない、フィギュア規格のサイズのリンクもない老朽化した公営リンクを練習拠点にしていて、何の後ろ盾もない中で、その成績を出しました。
フィリップ・ミルズさんが友野くんに語った「圧倒的な演技をすればジャッジは点数を出さざるを得ない」ということが起こったのです。

そして、翌年も現役を続け、その信念に迷いが生じ始めた時、フィギュアスケートというものをもっと探求したいと研究者への道を志ざした気がしています。

プログラム構成の話に戻ると、私はエテリコーチの生徒の全てのジャンプにタノをつける、後半ジャンプ固めが、どうしても好きになれませんでした。

スポーツとして勝つことを求めた戦略としては正しいけど、もし、みんなが勝つ為にそれをやったら、プログラムの多様性がなくなってしまう。スポーツと芸術が融合されたアーティスティックスポーツとしてのフィギュアスケートを歪めてしまう気がしていました。
幸い、平昌オリンピック後は、ルール改正でそのような偏ったプログラムを演じても、点数的な利点が少なくなるようになりました。
自分と同じようにバランスを欠いていると感じたスケート関係者が多かったのだと思います。


町田さんがフィギュアスケートおける表現の大切さに目覚めたのは、ステファン・ランビエールさんとの出会いだったと言います。

ソチオリンピックの代表に選ばれる前のアエラのインタビューでランビエールさんについてこう語っていました。

彼が2010年に引退したあと、一緒にプログラムや表現について話したことで、さまざまなインスピレーションを与えてもらいました。それ以降の僕は、フィギュアスケートをスポーツとしてよりも芸術としてとらえるようになった。この出会いがなければ、僕はもっとアスリート寄りのフィギュアスケーターだったと思います。

アイスショーで共演した町田さんの黒い瞳の演技を見て、そこに才能を感じたランビエールさんは自分が何かサポートできないかと声をかけたといいます。そして、町田さんの為にいくつか振り付けを行います。
この時期のF.U.Y.Aが好きで、後のミルズさんによるバレエプロとは全然違う、ヒップホップを使ったこういったテイストの音楽も滑りこなせるところがすごいなぁと思います。

まだ国際大会での実績もあまりなく、伸び悩んでいた頃に、元オリンピック銀メダリストでその演技の芸術性を高く評価されているランビエールさんが声をかけてくれたのは、町田さんの中で自信に繋がったかもしれません。そこから他の要因も絡み合いながら、少しずつ成績が飛躍していきました。


四大陸の前に全日本選手権を昌磨くんの演技を見返してました。

Great Spritは4Tの後のジャンプがセカンドになった以外は完璧で、冒頭の4Fはふわっと軽くて今まで見た中でも一番位美しいのではないかと思いました。

ずっとこのプログラムがうまく滑れなかったのは、曲が難し過ぎるんじゃないかと思ってました。
元々、ショーで滑るように作ったので、競技用プロとしては激しい動きで体力を消耗してしまい、高難度ジャンプとの両立が難しいのではないかと危惧してました。
8月に入って競技用に振り付けを直した時、シェイリーン・ボーンさんが「勇気がある」って言っていたのが分かります。

それでもあえて挑戦しようと思ったのは、オフシーズンに海外合宿に行き、山田コーチからの卒業を決め、自分のスケートを探したいという思いに辿りついたからだと思います。

平昌シーズン、オリンピックは通過点と、メディアの前で勝ちを口にすることはなかったけど、勝つことはもちろん意識していたと思います。
シーズン序盤、フリーで4回転を5本跳ぶ構成に挑戦していたのも、勝ちを狙いに行っていたから。
勝つ為にどういう構成にするか試行錯誤を繰り返して、最終的にオリンピック銀メダルという結果に繋がったけど、ジャンプを跳びやすくする為に振り付けを手直ししたり、表現よりもジャンプを優先にしてきたことが、きっとどこかで引っかかっていたのでは思います。
小さい時に高橋大輔さんの演技を見て、あんな表現ができる人になりたいと憧れ、ジャンプよりも表現がすごいと言われる選手になりたい、と言ってきた選手です。

全日本の演技を見て、難易度の高いジャンプと激しい動きは両立できないのではないかという心配は消えました。
臨時コーチになりメンタル面を支えてくれたランビエールさんの力も大きいけど、難しいプログラムを完成させようと練習してきた昌磨くんの努力もきっとすごいと思います。

Dancing on my ownも堪えたジャンプは多かったけど、表現面では音楽に合わせてジャンプとジャンプの間もステップを踏んでいて、演技が最初から最後まで途切れない美しいプログラムだと思いました。スケーティングの良さも上手く生かされいています。

今季は一気に演技の幅が広がったシーズンになりました。
考えてみれば、もし、山田コーチから卒業しなかったら、両方とも持ち越しだったんですよね。
月光は好きなプログラムで、去年は怪我もあり、完成形が見られなかったので、ノーミスで見てみたいという気持ちもあったけど、Dancing on my ownを見たら、やっぱり新しいものを見せてくれてありがとうという気持ちになりました。

フィギュアスケーターが現役でいられる期間は短い。
技術と表現を同時に追求して勝負する競技プロは、現役の間にしかできない。
だからその間に選手がいろんなプログラムに挑戦して、表現の幅を広げて成長していくのは、見ていて楽しい。

サンクスツアーはどうしてあんなに観客に感動を与えて、3年目を迎えるロングランになっているのか考えました。真央ちゃんは毎年新しいプログラムを作って、現役期間中にいろんなジャンルのたくさんの作品を残しました。観客はプログラムと共に、良かった時も悪かった時もその時代を思い出すことができます。
そして、過去のプログラムをただ再演するだけでなく、演出を工夫し、繰り返し演技するうちにさらに進化していく、だからリピーターも多い。

昨シーズンの終わりには、難易度の高いジャンプを跳びたいという事ばかり話していたのが、サンクスツアー東京公演の真央ちゃんを見て、自分はああいう存在なりたいと思い、エテリコーチの合宿に行ってみて、勝つ為に言われたことだけをやる環境は自分に合っていないと感じ、いろんな経験を経たことで、自分らしいスケート、やっぱり表現を大切にしたいという結論に辿り着いたのだと思います。

ランビエールさんがコーチになることについて、コーチとしての経験が浅く、ジャンプ指導について心配する声もあったけど、私は良かったなぁと思っています。
専任のジャンプコーチがいるような環境だったら、もちろんさらに良かったけど、スケートの中で表現が大切だという同じような価値観を共有できるコーチに出会えたことは大きいです。


今のフィギュアスケートという競技を見ると、私はジャンプに偏重し過ぎているかなと考えています。
旧採点法の時代は、技術点、芸術点がそれぞれ6点満点でした。つまり、フィギュアスケートは両方の要素を均等に評価するものと考えられていました。
新採点法になった時、最初は技術点と芸術点に代わる演技構成点が半分ずつの比率になるように考えられたのに、ジャンプ技術の進化とともに技術点の占める比重が大きくなり、さらに両方の点数のバランスと取ろうと、PCSも高難度ジャンプの成功に引きづられて高くなりがちなのが今の現状に思えます。
だからといって、ジャッジの主観的要素が強く、国の裏取引も可能な旧採点法が良いとは思わないです。
演技構成点もどんな演技をしたかよりも、誰が滑ったかによって決まってくる部分も大きいので、今その比率を高くしても、また問題は出てくるでしょう。

本当は選手に「表現を頑張ったところで、点数につながるわけではないけど、点数にならなくても頑張りたい」と言わせてしまうのではなく、高度なジャンプに挑みつつも、表現面でも妥協せず努力している選手達は点数という部分でも報われて欲しいなぁと思います。

こういう時代にあって、きっとランビエールさんは昌磨くんに寄り添って、一緒に歩んでくれるコーチだと思っています。

ユースオリンピックの頃、オリンピック・チャンネルでランビエールさんが昌磨くんについてこう語っていました。

彼には限界というものはありません。彼はチャレンジャーです。彼は自分自身に対する挑戦を愛しています。練習でもそうです。ここ数年で成長してきました。もちろん、4回転ジャンプをルーティンに組み込んでいくことも、私たちのメーンのゴールの1つです。

 毎年、毎シーズン、新しいプログラムを生み出していく。彼の新しい雰囲気を作り出していく。彼はとても独特な動きを見せます。その所作はすごく自然なのです。その自然さを、前面に押し出して、新しい雰囲気を新しいプログラムで出せるようにしていきたい。

これから、ランビエールさんと一緒にどういうスケートを生み出していくか楽しみです。
もちろん、競技会で表彰台の真ん中に立って欲しいという気持ちはあるけど、それが叶わなくても、失望したりせずに、また前を向いて、もう、ひとりぼっちでキスクラで泣くことはなく、スケートを続けてくれたら、嬉しいと思います。