昨日のお昼、また胆嚢の辺りに痛みが発生しました。

痛みは手術後の痛みくらい強い時もあります。

痛みに効く薬も見つかっていません。


昨日もこたつに潜って治るのを待ち、なんとかやり過ごしました。


寝不足だったので夜10時に就寝。


そしたら夜中の12時半に痛みが。。。


え?また?

最近、頻繁に起こりすぎ。

真夜中に発症したのは初めてで、絶望感が湧いてきました。


ずっとこれで生きていくの?


不安でいっぱいになり抗不安薬を飲んでみたけど、不安は広がる一方。

この痛みに薬なんて効いた試しがない。


3時間ぐらい耐えて、そのあと寝付いて、今朝は9時ごろ目が覚めました。




 



私は結婚してすぐに不妊治療をしました。


生理がダラダラ続いて婦人科を受診し、検査を受けたら、ホルモンバランスが悪いことが判明。

妊娠しにくい体でした。


どきどきしてそのことを旦那さんに話したとき「へぇー」と言われ少し救われたけど、私は絶望していました。


子どもが大好きな私は、不妊治療をしながら神様に祈っていました。


「赤ちゃんができるなら、私はなんでも我慢します」と。。。


割とすぐに授かり、それから娘のことが最優先の人生が始まりました。


フルタイムで働く中、帰宅が遅くても、娘のためにバランスの良い食事を作る。

時間がなくても娘の話をじっくり聞く。

テレビは見ずに一緒に遊ぶ時間を持つ。

だから私はその頃のドラマを知らない。

寝る前は必ず娘の選んだ絵本を2冊読む。


真面目ちゃんの私はそれがいいと思っていたのです。

自分の体を犠牲にしていることも気付かずにいました。


家事全般、子育てはワンオペでした。

その間、ずっとテレビを見ていた旦那さんには、洗濯をしてと言うのが精一杯。

洗濯だけはなんとか渋々してくれてたけど、周りを見て動くなんてことはしてくれなかった。

してほしいことがあっても、「やだ」と言われると傷付くから言えませんでした。


神様に誓った「娘のためならなんでも我慢する」を実践していました。

恐ろしいほどに。。。


私は自分の人生ではなく、娘のための人生を送っていました。

それはいいことだと思っていたし、娘のためならばと奮闘していました。


でも、前回の記事にも書いたように、娘の人生を引き受けすぎて、娘のためになんてなってなかったんです。


仕事も手を抜かなかったのは、仕事にやりがいを感じていたからだけではなく、評価して欲しかったからかもしれません。


早朝に出勤する旦那さんのお弁当を、さらに早く起きて作っていました。

冬の朝もファンヒーターの予約タイマーはせず、寒い中お弁当を作り、灯油代まで節約していたのだから、頑張ることに取り憑かれていたのかも。


だんだん体に不具合が出てきて、ある日、張り詰めていたものがプツッと切れて、精神科を受診しました。

娘が6年生の時でした。


うつ病と診断。

え?まさか?私が?


後にストレスが体の不調に現れているということで、身体表現性障害と診断されます。


鬱は、ほんとに辛い病気です。


仕事を数ヶ月休んだとき、旦那さんに「このまま働かんつもりじゃないやろな?」と言われました。

その時のことを思い出すと、今でもズキっと心が痛みます。


鬱は命に関わるわけじゃないから、、なんて思っていたら、ガンになりました。


職場からぜひ復帰してほしいと言われ、何度も復職しました。

が、何度も悪化して入院しました。


そんなに失敗を繰り返しても、自分の体が限界なことに気付かずに、周りの評価を気にして無理してしまっていました。







胆嚢の痛みはうつ病だと診断されるもっと前からで、今思えば最初の症状だったのかもしれません。


検査しても体の異常はなし。

精神的なものだと言われてきました。


こうして少しずつ頻繁に起きるようになってきたのは、体の声を聞いて来なかったから?

自業自得なのかもしれません。


けれど、好きでいじめていたわけじゃなくて、あの頃の私はずっと頑張るしかなかった。

頑張るのをやめれなかった。

やめていいと知らなかった。

誰も助けてくれなかった。

助けてもらえることを知らなかった。







数年前、うつ病が悪化した時に仕事はきっぱり辞めました。

旦那さんはその時も「もう働かないんか?」と聞いてきました。

もう無理なんだよ。。。

そばにいても、なんもわかってない。

承諾を得ず、復帰はしませんでした。


仕事をしていないと、時間があるだけで、気持ち的にゆっくりできるし、ストレスも減るかな?

なんて思っていたら去年はガン再再発、そして現在は頻繁に起こる痛みに悩まされ。。。


どんだけ苦しまなきゃいけないのか。







痛みに耐えて目覚めた朝。

ベッドの中で悲しみに耐えていたら、旦那さんがやってきたので、夜中の胆嚢痛のことを伝えると

「薬飲んだん?」と聞いてきました。


いつもそれ言うやん。

それしか言わんやん。

いや、それしか言えんと思うけど。


でも私は

「どんな薬も効かんから飲む意味ないんよ!」

と声を荒げて言ってしまいました。

そして泣いてしまったんです。


「赤ちゃんができたら、私はなんでも我慢するって神様に誓ったんだよ。だから〇〇が生まれてきてくれて本当に嬉しくて。自分のことなんて後回しでさ。仕事で疲れてても遅くなっても、頑張って手料理作ってさ。お風呂も早く入れなきゃなんないし、早く寝かせなきゃなんないし。それでも〇〇の話はしっかり聞いて、しっかり関わって、テレビなんか見る暇もない。寝かしつけたから家事してさ。私、すんごい頑張ったんやよ。本当はヘトヘトだった。〇〇のことは大好きやけど、繊細で子育ては大変やった。」


泣きじゃくった。


「辛くてもやるしかなくて頑張ってた。そしたら体おかしくなって、鬱になってガンになって。結局、〇〇を不安にさせて。仕事はやめたらダメだと思ってたけど、辞めれば良かった。自分の体、犠牲にして、大事にしてなかった。なんでもっと大事にせんかったんやろ?鬱は辛かったしガンの手術は怖かったし禿げたし。今は痛みがこんなによく起きて。私の人生なんなんよ。もう疲れたよ。もう無理だよ。」


わーんわーんと泣きながら一気に言いたいことを話しました。


旦那さんはベッド横で立ち尽くし、何も言ってきませんでした。


私がずっと心の中に溜めていた想い。

やっとやっと言えた。


何も言わない旦那さんがどう思っているか。

迷ったけれど聞きました。

そしたら、あなたの子育てが悪かったとか思ってない、感謝してると言われました。


やや。

やや上から目線と言うか他人事感が否めないけど、感謝してると言われたことがなかったから、少しホッとした感じがして。。


冷静にこのことを伝えようとしたら、旦那さんは冷静さがなくなって、多分言い返してきたと思う。


私が泣きじゃくって一気に話したことで、聞くしかなかったんやよな。

びっくりして何も言えなかったんやよね。


わかってもらえてないかもだけど、言えて良かった。

やっと言えたんだよ。

やっと吐き出せたんだよ。やっと。







そのあと不安が少し減って、お酒に少し酔ったようなぼんやりした気持ちになり、お昼までベッドで過ごしました。


私、何もかも背負いすぎてきた。


もう。

ひとりで背負うのは終わりにしよう。

勝手にしてたことだけど、そうするしかなくて、その癖は今も取れてない。

認知が歪んでるんだろうな。




痛みは耐え難い。

それを治す手段はなかなか見つからない。


ひとまず認知の歪みをなんとか修正しないとか?

頑張り癖をやめるために、ぼんやり時間を作ってみようか?


部屋の中を見回してぼんやりしてみる。

ぼんやりが苦手。

ぼんやりとは何をすればいいのか。

私はぼんやりもできなくなったのか。

いや、しかし。

ぼんやりを頑張るのはやめよう。


もう我慢も頑張るもやめるんだった。


ぼんやり窓の外を見ると、お化けのような庭木がいた。


ああ、おばけ。木、雪、空、雲。


ぼんやりってこんな感じか?




今日は思いを吐き出せた日。


皆さん

読んでくださってありがとうございました。


いま

眠りにつくのが怖くてドキドキしてる。


ああ、不安なんだな。

でも今、布団の中があったかい。