日本神話の中に出てくる天鹿児弓は
天之羽々矢と共に天若日子が天津神から渡された弓です。
天若日子は葦原中国を平定する先触れとして
高天原からやってきますが
葦原中国の大国主命の娘の下照比売を娶ったことで
翻意して天津神に向けて天之羽々矢を射ます。
自分の授けた天之羽々矢を射られた天津神は天若日子の翻意を知り
天若日子は天津神の投げ返した自分の射た矢に撃たれて死にます。
これは派遣された将軍が土地の娘に恋をして
かつての主君に戦いを挑んで死んでいった物語であるとともに
国生みの神話が皇統がその正当性を主張するために生み出した
”物語”であるとするなら
裏切り者に対する制裁の記録でもあります。
今日のこの記事は日記にあげた記事を纏めつつ
少しづつ書き溜めたものです。
実はもう少し後で更新するつもりだったのですが
先程あの方の記事を読んで本日更新する事になりました。
このcadeauを再開した時は
PWの問い合わせをして下さる方や
気にしてメッセージをくださる方に向けて
lemarの思い出としてお話をご覧頂ける場所を作るつもりでした。
それが再開後すぐに教えてもらった事実や
アクセスの変化の事もあり
cadeauをブログ村にあげる事にしました。
私のブログはライブドアを使用しています。
読者登録をしていればラインの更新通知がありますが
それ以外では直接アクセスしなければ
どんな話を更新したかはわかりません。
cadeauの再開は2019/12月です。
その時はブログ村に登録していませんでしたから
読者登録をしている方や
更新がなくともアクセスして下さっていた方が来られていました。
毎日更新をしていましたから徐々に人が増えていきましたが
突然増えた日がありました。
2020/1/18の萌蘖を上げた日です。
読者登録の何倍もの方が来られました。
以前アニバーサリーとして書いたR記事ですから
私が思うシンイ村の方たちが好きな記事です。
ですので私は何処か…私がシンイ村と名付けた場所の中心で
私の記事について語った方がいたのだと思いました。
シンイ村のお陰で多くの方に知られているので
その存在やあり方を否定はしませんが
私の書きたいものとそこで好まれるものには
著しい乖離があるとも思っています。
ですから、私はそうした繋がりから
こちらへ来る方ばかりが増えていく事は不安でもありました。
そこで、村の中心にいる方以外にも知って頂きたくて
ブログ村に2020/1/23に再び登録しました。
2019/8に石つぶてを頂いてからすぐにシンイ村から吹いていた風は
私への追風だったと思います。
その風について、私は
私が正義だからそんな風に吹いているのだ
と思っていました。
ですが今はあの方に吹いています。
だからといって自分が誤っているとは思えませんが
今はシンイ村の大勢が私に反対の立場だと認識しています。
シンイ村は私にとっては遠い場所です。
そこでどんな風がどんな風に吹くのかよくわかりません。
それに、自分では一度もそこに属していたつもりはありませんでしたが、
いつの間にかそこに組み込まれていたようです。
私には今日の時点でブログ村のフォロワーさんが8人います。
出来ればそうではない事を願っていますが
その8人全員が私のお話を気に入って、
応援する意味でフォローして下さっているわけではない
と思っています。
2019/8の石つぶて以前には、私のフォロワーさんは
どなたもいらっしゃらなかったと思います。
フォロワーさんが増えているのに気づいたのは、2020/2/12です。
翌日のPW解除の記事を更新するにあたって
その日の午後、今は元の日に戻した幻日の記事を
固定記事として移動したときです。
その前から私の記事の更新に合わせて
あの方のブログ村でのポイントが変化する事に気付いていましたが
それが顕著にわかったのがその日でした。
その時、私のフォロワーさんは5人ぐらいだったかと記憶しています。
読み手さんでブログ村のアカウントを持つ方は少ないと思うので
ブログ村登録の書き手さんだと思います。
その時なんとなくですがあの方が何か動かれるのだろうと思いました。
そしてその予感通り翌日あの方が記事を上げられました。
こうして意識している自分が嫌ですし、
あの方はそうした事を公に語られませんから
私だけが気にしているように見えるのは
不利な事だともわかっています。
ですが、私には協力してそうした”活動”のようなことをする方たちは
おられません。
PWをお渡しした方や個人的にやり取りする方はいても
例外を除いてその方たちを積極的に繋ぐことはしていません。
ですから、助言は受けますが
私を交えたグループは存在しませんし
そうしたものを作る気もありません。
きっとこの記事を上げると
私はいつまでも騒動を引き摺る人間として
何処か…私がシンイ村の中心だと思う辺りで
語られるのかと思います。
あの方は表立っては何もおっしゃいません。
私には勿論何も言ってこられません。
以下は、昨日私が書いた日記の一文です。
鍵はかけていませんが広く人に知らせてはいません。
”パラレルはもう無理かも”
これを読まれての今日ではないと思いますし
前に”二人のヨンは書きませんから”とも書いていますので
私がとやかく言う筋合いの事ではないかもしれません。
ですがこれがシンイ村でありブログ村なのでしょう。
幻日はあの方にとってはどうでもよかったのだろうと思うと
その点が情けなくて仕方ありません。
以前にいつの間にかシンイからいなくなった方について
その経緯を聞く機会がありました。
もしかしたらシンイ村にいる人なら
誰も知っている事なのかもしれませんが
私はその騒動を知りませんでした。
その方のブログは消えてしまい
私は今のその方の書かれていた記事がどうなっているのか
行方をよく知りません。
村の中から吹いてくる風は
今は私にとって逆風だと思いますが
私はこの記事を書いたし、
これからもこうした事を発信するつもりです。
誰にも顧みられなくなっても
お話を読みたいと思っている人に嫌われても。
だって誰にも知られず消える事は悔しいのです。
あの方の記事を拝見しました。
下書きの画像らしきものも拝見しました。
誰が先にあげたとか誰が先に思いついたとか
まだそんな事が大事なのだと思いました。
そもそもの発端である晈潔の記事”かんや”は、こうした事に関する
初めにお読みくださいのリンクの最後に在ります。
どのくらいの方がそのリンクの全てを読まれたかわかりませんが
そこにはこうした事について
いくつかの考え方を示しています。
この記事も最後まで読んでもらえるかわかりません。
いつも小姑ですが…と言いながら助言下さる方や
世間話に交えて諫めて下さる方に
うんざりされてしまうかもしれません。
それでも、きっと自分に帰って来るだろう矢を今日も放っています。
何があってlemarがこうなったのか
私自身の言葉で残しておかねばなりません。
それがlemarとlemarの綴ったお話に対する私の義務です。
長くなったのと、書き漏れがあったので
一部記事を書き換えて記事を分けました。
コメントありがとうございます
cadeau記事 コメントがあった為cadeauにも記載