
2017/11/24に届いた一つ目の石つぶてです。
とても上手な文章で
この筆致に似たものをどこかで読んだ気がします。
絵も文章も完成されたものであるほど
どこかその方独特の筆致があります。
平気な方もいらっしゃるでしょうがこの事のおかげで
私は最近まで戻ってこられませんでした。
今回同様、この内容が事実ではない事が
余計に悔しく苦しかったのです。
この石つぶての主も、二つ目の石つぶての主も
お二人とも何故か私がお二人が剽窃したのだと
思っていると決めつけておられました。
私は一度も他人に対して
直接にも間接にもそうした事を発言した事はありませんし、
否定的な言葉は出来るだけ言わないようにしてきたつもりです。
寧ろ、私自身がそうした風に思われまいかと
いつも不安に思っていました。
”初めにお読みください”の中のリンクの全ては
そうした事に対する私の不安が書かせた記事です。
2015年の九月にブログを始めてからずっと
そうした不安はありましたが、より切実に感じるようになったのは
次の記事で上げる予定の二つ目の石つぶてでも言及のあった
晈潔で触れている一件でした。
その頃はあちこちで剽窃について語られていた気がします。
私の好きだった人に似ている記事があると教えていた方が
その頃の渦の中心にいた方だったので
私はこの一件を酷く恐ろしい事に感じました。
実はその方が私がずっと二つ目の石つぶての方とのやり取り…
実際は私の一方的な問いかけですが…
の中で私が糾弾していたと認識していた方です。
私は二つ目の石つぶての方の記事を読んだとき
後半で触れられている方をこの方だと思いました。
隅っこにいる私にもわかるくらい
その頃のこの方はいろんな方を糾弾されているようでした。
それ以来私が好きだった方が少し怖くなり
そのお話もそれまでと違った観点で見るようになりました。
でも、私が好きだった方は人を糾弾される方ではなかったので
この事がなければ今も好きでいられたかもしれません。
アメブロの頃の事を覚えていらっしゃる方なら
わかるかもしれませんが、私は前のブログで
何度かコメント欄を開けたり閉めたりしています。
あの頃、赤月隊の事を書いていた私は
メヒを登場させたときに頂くコメントが辛くなっていました。
実は一度、コメントを誤って消してしまったというのも
迷っているうちについ押してしまったというのが本当です。
いつもよくして下さる方たちに
そうしたコメントをやめて欲しいとは言えず
かといってそれ以上耐えられそうになくて
コメントを閉じることで凌いでいました。
でもある時、私がその糾弾の対象になるのを恐れていた方が
発表された記事の中にこれから発表するつもりの自分のものと
似ている部分を見つけました。
それはアニバーサリー用に準備していたもので
頂いたあるコメントがヒントになっていました。
そして私はその記事の言い訳にコメントを利用するために
またコメント欄を開きました。
今回の事に関係ないのに、以前コメントして出さっていた方の事を
こうして引き合いに出してしまった事、申し訳ありません。
また、2015~2016当時の嵐について
私は何ら詳しい事を知りませんので
表現に失礼がありましたことお詫びします。
皆さんは好きな事を好きに書いておられるのでしょうか?
私は…どうでしょう。
自分の為に始めた事なのに
好きに書くために随分と苦しんでいたように思います。
よく今まで続いたものです。
それだけチェ・ヨンが好きで
書く事が好きだったのでしょう。
メールや手紙などの私信は所有権とは別に著作権があるそうです。
上記の手紙については匿名であるため著作権者が不明です。
これが正しいやり方かどうかはわかりませんが
心当たりの方は当方にご連絡ください。
