バツイチ、アラフォーで再婚し
幸せなパートナーシップ13年間爆進中の
カウンセラーあつこです
『自分を許しましょう』
とか
『相手を許しましょう』
とか
心理学やスピリチャル系で
言われてる言葉です…
私、
この言葉にずっと違和感を
持っており葛藤していました
そもそもスピ系、心理学系は
基本海外発祥のものばかり
ですので
その感覚の違い
または通訳の問題なのか
わかりませんが…
『許す』
という感覚が
日本人のそれとは
違うのではないか?
と私は思うのです
『許す』
許してやる的な
上から目線な感じがします
そして敗戦国の日本人は
罪悪感が潜在意識に
刷り込まれていますから
『罪悪感を刺激される言葉だなぁ』
と、個人的には思っています
心理学や、スピ系でいうと
私の場合
5歳の時に性犯罪をした相手
やその行為、その状況を
『許せ』
と言われるのです
あなたの大切な人が
交通事故にあって
大変な被害を被ったとしても
その人は許さなくとも
その行為や状況を『許しましょう』
(その相手と言われてきましたが…)
相手を許さないということは
≒
ずっと相手を恨んだままでいいのですか?
/
自分を虐めるのか
相手を虐めるのか
\
ずっとこのままあなた自身が
苦しいままでいいのですか?
/
許すという事を受入れて
そこに癒やしをもたらしましょう…
\
と
心理学でずっと言われておりました
(ばかやろう〜)←心の声
スピ系でいうと
魂の課題で持ってきた
魂同士の合意の出来事
というのはわかります
でもそこに
『許す』
という単語を使うのは
私は腑に落ちません
なぜなら
そもそも私達は
許すとか許されるとか
言っている段階で
もうその罠にハマっていますよね
最近やっと
それ!
批判・判断が入っていてますよ
と言われ、
ああ、私の違和感は正しかったんだなぁ
と思ったのです
許すも許さないも究極的には
無いわけですから
『許す』という行為や言葉に
意識を向けるのは
私は違うと思ってます
ですので
私はカウンセラーですが
やっぱり心理学が嫌いなのです
そんな人間くさい
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