今日の郷土史の講座はこちら。

住宅地にいきなりあらわる穴!
こんなんローマで見たわよ目

すごいじゃん 本当に来週埋めちゃうの?


さてさて、最近めちゃめちゃ開発されてるこちらの地域、もともと土器はおちてたりして調査対象ではあったらしいが、いよいよ分譲するとの事で本格的に遺跡調査をしているらしい。来週には調査も終わり埋めてしまうとの事。


こちらは平安時代の縦穴住居あとから出てきた1100年前の土器。そのままそこで埋まってたから、とてもきれいな状態ででてきたらしい。そして、この時代も縦穴に木材で上を作って住むのは地方では普通の事だったらしくて…
平安京みたいな広い美しい雅な御殿に皆が皆住んでいたわけじゃないのね

そしてこちらはおそらく室町時代の板碑。
梵字が刻まれているのがうっすら見える。パワーを与えてくれる文字が書いてあり、鎌倉から室町時代ぐらいに流行ったと。


そしてかねてからの疑問を考古学者さんに聞いてみる。どうして、普通に暮らしてても家って埋まって行かないのに、遺跡って土を掘ると出てくるの?ポンペイとかなら分かるけど…と聞くと

先生は人はあるとき当然いなくなる時がある。例えば、流行り病、流通が変わったなど。そして徐々に寂れていき、埋まっていき、そこに人がすんでいたことさえ忘れられていく…

例えば東京などは、江戸では火事が起こる度に土を持ってきて埋めたので、10層ぐらいになっていると😳
パリの下にも中世の町があるって言うしね。

そもそもここは川の両側にできる土砂が積もった高くなっている土地。自然堤防。土地が安定してるから人が住みやすく遺跡が出やすいんですって。そして川から離れる方に向かって土地が低くなっているので排水にも便利だったのではと。

そして何で古い土と上に乗った土を見分けて掘れるのか、それもとってもずっと不思議だったのだけど

このように表面を削ると、時代の異なるところでくっきり色が異なりシミのように見えるようになるから、そこを残して掘っていくと形が浮かび上がってくるんですって。南米の遺跡発掘とかテレビでみててずーとずーと不思議だったんだー

考古学の先生が今日の勉強会には加わってくださってるから、皆さん質問しまくり😆そして先生も優しく分かりやすく動いて教えてくださる😭



で、ここは一体なんだったのか?ワクワク

このちょっと先に城と言うか館があったらしく、この辺りは防御のためか排水のための溝があったのではと
というのも上の半円状の部分、底はもうここで決まりらしく、更に青い部分が見えるんだけど、青い地層というのはその上に水があったことを示しているんですって。

この遺跡の右に三、四件、左にもそのくらいのいえがあるんだけど、少なくともそのしたにまで溝が繋がってるが確認できているんですって。だからおそらく城を守るお堀であったか、自然堤防の外あたりまで伸ばして排水していたのか?

いやー立体のイラスト見てみたいなあ

そしてここではないところで市内でも90体ぐらいの遺骨が狭い範囲から見つかったんですって。案外フランスまで行かなくてもカタコンベとかもあるのね。





発掘はシルバーさんたちがやってくださってるけど、もう何年も来てくださってる方もいるとか。

地味な仕事だというわりに、皆さん楽しそう。カッコいい帽子かぶって、泥だらけになって1日働いたら、仕事終わりのビールもお風呂も最高だろうな~


掘削の道具もこんなに小さくなるほど掘って掘って
土は見逃しの無いように洗って
最後は埋めて、土地は持ち主の元へ😌


お疲れ様だけど、ロマンね。

そしてここにも富士塚。
かなり削られ削られ本の少しだけ気持ち高くなってるかな。

真新しいおしゃれなうちと、歴史とがまぜこぜのこの辺。
知らないと通りすぎちゃうけど
目を凝らしてみると、色んなものがあるのにきづく。
また歩きに来るぞ。
特に古い川のあとをクルっと回ってみようっと

PS.
2000年に行ったローマの写真出てきた。

規模が違うけど
こんな感じだよね?