英語が嫌いだった自分が英語が出来なかった経験から
楽しくやれば、好きになれば英語は自ずと伸びる、自ら勉強し始めると思っていた。
でも楽しくやっていた子供たちのうち何人かが、中学校に入っていざ英語のテストをすると、書けないのでいい点が取れない。
ヒアリング、スピーキングは出来るのだから、書くのはこれからなんだとも思う。日本語で英語の文法を理解するのも、これからでいいとも。
またマニュアルに縛られながらも、早くからもっと書かせる方法もとれるから、私の腕次第だとも思う。だから教え方を微調整をする必要があるのではとも感じる。
だけれども…
幼稚園や、小学校低学年の子供たち
楽しそうにやっている。歌やゲームがあるがゆえ、自由に暴れられる場所と誤解して来る子もいる。英語という非日常のためにハイテンションになってしまう子もいる。親に行くように言われて、英語なんてなんだか分からないけれどやってきて暴れている子も多い。
一年かけて愛情もって躾をして良くなってきた頃にクラス替えとなる。また荒れたクラスが始まる。
はっきりいって、これいるか?
中学生の子達で、小学四年くらいから入った子達、英語を学びたい、今日の内容を理解したいという様子で、集中してやっている。
これでいいんじゃないか?
ってか、大人になってからでさえいいから、本当に英語をやりたいって自分で切望してから始めるのがいいんじゃないか?
ただし、その場合、使う英語、話す英語に特化して進めていきたい。
だいたい、日本の英語教育、こんなに長くやってんのに、まるで皆話せないのおかしいよ。アカデミックな内容の教科書なんて、大学生がやればいい。皆、自分のおかれた場所で外国人旅行者に説明できる能力なんて五年もあれば十分じゃない?まあそれ以上必要な人は今の教育内容をマスターしていく必要があるけど。
場面を設定して、必要な会話を口から自然に出てくるまで練習してみる。
そんな教え方もいいんじゃないか?
小さな頃の耳を育てる、発音を良くするなら、毎日少しでも家でやった方がいいんじゃないか?こんなに英語の音声素材の溢れている世の中なのだから。無料だって結構手に入る。むしろ週一英会話教室、つれていきさえすれば、では無理よ。
ってか、最近色んな国の人と話して、それぞれのお国なまりで堂々と意見を言ってるのをみると、アメリカ発音に固執する必要なんてなく、日本人訛りでいいから堂々と話せる人を沢山産み出す方が国力にアップにつながると思う。
また、会社と自分のやりたいことの間が開いてきてるかも。
やっぱり、新しいことやってみると、未経験では思っても見なかったものが見えるようになるんだなあ。
そもそも、そんな幼児教育に大金払わせるのも疑問。
子供たちを置いて辞めるのはしんどい。会えなくなるのは辛い。未来を見届けたい。でも、潔くここから去るのを見せるのも、むしろ良いことなのかも。