P. S. 僕は基本猫天使修行中の身なのでみなさんとの個人的なつながりやおしゃべりは許されておりません。ですからこのブログはあくまで僕の独り言ブログとさせていただいてます。ペタなどのお返しや、コメントなどにお答えすることはできかねますので、今までコメントやペタなどをくださった方、どうもすみません、そして、ありがとうございました。万が一御用という方は、星影さん宛てにメッセージを送ってくださるようお願いいたします。
と諦めたわけです。そして、マックスを降ろすためにどっちにしろハシゴが必要ですからね。「ちょっと待ってて。」とマックスに言った後、「何かの時使ってもいいから」、と言われてた大家さんの大きなハシゴを取りに地下のボイラー室に向かいました。ボイラー室は、その時マックスがいる木がある側ではなく、正面玄関の並びにあるので、いったんは姿を消さなければいけません。でも、もうその時は、星影さん、“私が助けてあげなければ!”って思ってますからね。そこからは急ぎましたよ。「Mama will come to you~!! (おか~さんが今いくからね~!)」って思いながら、えっちらおっちら、でっかいハシゴを地下のボイラー室からずりずりと引きずり出したんです。 その時ちらっと、星影さん、「これでマックスが降りてきてたら笑うわ~。。。ま、そんなことないか。。。」と思ったの覚えてます。
日露戦争で、日本が世界の海戦史上空前絶後の完全な勝利を成し遂げ、 その大勝が、日本を国難から救っただけではなく、当時ロシア等大国の植民地政策の圧力下にあった国々に、大きな喜びと希望を与えた。。。ということらしいのですが、とは言え、“戦争”ですからね。その根本的な部分っていうのは忘れてはならない、って思います。でも、今回この東郷神社に参拝できたおかげで、星影さん、少し “村上水軍”について調べる機会を得ることができました。子どもの頃、星影さんがピアノのレッスンに通う途中に見かけていたお墓の主が、村上雅房 で村上水軍のえらいさんってことは知っていたんだけど彼が村上水軍御三家のひとつ、能島村上水軍の最初の大将になった人だったんだ、ということや近所でお世話になってたお寺、っていうのが能島村上水軍の菩提寺だったということや、昔よく遊んでた神社、三島神社、という名前も、どうやら、村上水軍御三家が別名、“三島水軍”とも呼ばれていたから、そこから来ていたものなんじゃないか、っていうことも、今回初めてきちんとわかりました。おまけに村上水軍のことを海の航路案内や規制し治めている大名って感じで思ってたんですが、どうやら海賊っぽいこともやっていた、っていうあんまり誇れない事実も判明いたしました。あの辺り、舟折瀬戸(ふなおりぜと)と言われ、船の事故による怪談話が昔話にあるほど潮の流れが早いんですね。そんな所で、航路などよく知ってるからって海賊行為をするなんて、なんちゅうヤツや、って話ですよ。星影さん、アメリカにいた時、“Pirates of Caribbean ”っていう映画がはやってる頃、“I'm from the island of Murakami Pirates”(私、村上海賊の島出身です。)って冗談で言ってたんですが、そっちの方が意味的には間違ってなかったかもしれません。