本日3月28日の6時から、ヘルシンキの街中にある小さなホールで
日本支援コンサートが開かれました。
今住んでるアパートからだと、徒歩10分くらいなので
大急ぎで夕飯を食べて、ダンナと出かけました。
荘厳な雰囲気の彫刻が綺麗なホールです。
プログラムを開くと様々な演奏家や歌手のプログラムが16番まで。
最初は元シベリウスアカデミーのチェロの教授によるバッハに始まり
10代の音楽家を目指す人のアンサンブルでもののけ姫の演奏、
シベリウスのピアノ曲にフィンランドで高名なオペラ歌手の歌、
日本人声楽家の女性と男性の歌などなど。
10代の合唱グループ、子供の合唱グループ、男性の合唱グループと、
実に沢山の音楽家の人たちが、2,3曲づつを披露して下さいました。
そしてなんと、ヨルマさんが!
ピアノ、アコーディオン、チェロの楽団と一緒に
シャンソンを4曲歌いました。
1曲はエディット・ピアフのラヴィアンローズ、
もう1曲はパダン・パダン・パダン・・・・日本でも有名なあの歌です。
正面に座ってるご夫婦は、日本の大使夫妻。
小柄なので、ダンナがびっくりしてました。
若い年代にはあまりいませんが、60歳くらいの年代の
日本人の男性には小柄な方が多いですね。
私の叔父叔母も、戦争に乳幼児期が重なった人は小柄です。
こうして見ると、日本人の体格は様変わりしましたね。
帰り際に、赤十字の缶にダンナが募金してくれました。
金額は二人で事前に相談して決めていたのですが
自分の働いたお金から募金してくれたダンナに感謝しました。
こういうところがケチくさくない人で良かった。
あんなに沢山の音楽家の人たちが賛同して実現した支援コンサート、
何十人も協力してくれた合唱団の子供さんたち、感謝で一杯です。
胎教に時々歌っている朧月夜や、鯉のぼり、日本の歌が聴けたのも
嬉しかったです。募金したお金が被災者の方に届くには
まだ時間がかかると思いますが、阪神大震災の時は、
確か義援金として一人ひとりに振り分けられて行き渡りました。
それが一番私も望む形なので、やはり赤十字は信頼の出来る
有難い機関だと、安心しました。
私は日本のテレビがこっちでも見られるので、被災者支援の遅々とした
停滞ぶり、放射能汚染の水道水、何よりろくな寝食無しで
放射能被爆の危険の中働きづめの作業員と自衛隊、
状況がよくなったとはまるで思えず
あれ以来まだ普通のテレビ番組を見る気にはなれませんが
気持ちはだいぶ落ち着いてきています。