ゾフィちゃん急逝 | とりきちTagebuch

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ドイツ・ベルリンから鳥好きの とりきちが、
一緒に暮らす鳥達、家族、ドイツの鳥事情を日記につづります。

 

こんにちは、とりきちです。

 

とりきち横丁が今、お客さまへのお荷物再送と、支社立ち上げのための荷物発送で大忙しの中、鳥たちのブログを書くことがどうしても、憚(はばか)られていましたが、今日だけはお許しください。

 

10年以上にわたり、私と家族、そして横丁スタッフと一緒に時間を過ごした、愛鳥ゾフィちゃんが昨日、急逝しました。

 

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一昨日、ゾフィちゃんのお腹に間違いなく卵があることを確認してすぐ、かかりつけの獣医さんへ連れていき、異常がないかを診ていただくことにしました。

 

ドイツは間もなくクリスマス休暇に入ることで、前回のクロアカ脱のような事態となったとき、最悪治療をしていただけないリスクがあったため、予防目的での受診でした。

 

受診当日、そして受診直前までのゾフィちゃんはいたって元気で食欲もあり、かつ、移動用のプラケースの中から何度も私の顔を覗きこみ、「おでかけね、とりきちちゃん。楽しいわね」と言わんばかりの笑顔を振りまいていました。

 

私は、そんなリラックスしたゾフィちゃんの表情が愛おしく、パチリと画像におさめました。

 
でもまさか、それが彼女の最後の画像になるとは考えもしていませんでした。
 
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お医者さまにかかるとき、それは動物であれ人であれ、リスクを知った上での受診となります。
 
体調の急変は起きるものですし、小さな体の鳥の場合はなおさらです。私もそれを知ったつもりでいましたし、万が一があった場合も、それは受け入れる覚悟で、お医者さまに愛鳥を委ねることとなります。
 
今回のゾフィちゃんのことで、私は先生を責めるつもりはありません。しかし、彼女が一体どのような治療と処置を受け、どのような状態で最期を迎えたのかを昨日ヒアリングしてきましたし、情報も開示してもらいました。
 
まだ第三者である同じ医療関係者の方に、判断いただくまでは、治療と処置が適切であったのかは判りませんが、いずれの結果でも、きちんと受けとめていこうと思います。
 
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昨日の午前中、お医者さまから私の携帯に、病院の看護師さんから電話がありました。
 
てっきり退院のニュースだと思っていた私に、「悪いお知らせがある。ゾフィちゃんが亡くなりました」との言葉があり、私は、その場で気絶しそうになりました。
 
何を言っているのか、どうしてそのようなことを言うのか。そんな風に最初は答えたような気がします。
 
看護師さんは、必死に私にゾフィちゃんのことを大変申し訳なさそうに、かつ情報を伝えようとお話くださっていましたが、私はとても冷静に聞ける状態ではなく、まずは夕方、仕事を終えたあと、ゾフィちゃんを迎えに行く際に、お話をうかがいますとしました。
 
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その後の仕事は、散々でした。
 
しばらくは呼吸が浅くなり、次第に涙がこみあげて、冷静に対処しなくてはならないのに、できない。
 
同じ書類を何度も打ち間違えることから始まり、スタッフへの指示も荒く、皆に大変な迷惑をかけました。
 
次第に意識して、心の中に小さな扉を作り、そこへゾフィちゃんへの悲しみ、混乱、動揺などの感情を大切にしまい、鍵をかけるイメージをし、もう一度、目の前のとても大切な仕事たちに向かうことにしました。
 
すぐにでも迎えに行きたい。でも、それで困る、たくさんの日本の鳥さんたちがいて、ゾフィちゃんはきっと喜ばないだろうとも考えました。
 
途中、こらえられない感情が噴き出し、目が真っ赤な1日を過ごしました。大切な短期アルバイトの面接も2件あり、きっと面接を受けられた方は驚かれたことでしょう。
 
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過去の、ぽんた、ぷぷ、クラウスをはじめとする大切な命とのお別れの後、無理に感情を自分の中にだけ押し込めることで、まず、ひどいペットロスに陥ることを、私は自らの失敗で学びました。
 
なるべく早く、お別れの感情をどんな形でも表現し、そして痛みを分かち合える仲間と感情を共有し、ゆっくり、愛鳥の死を受け入れるという過程をふまないと、ペットロスは重症化します。
 
今回、真っ先に、とりきち横丁のツイッターで、ゾフィちゃんを知る方々へお知らせをしました。それが昨日の私にできた、唯一の悲しみの表現であり、愛鳥家の皆さまとの悲しみの共有手段でした。
 
ゾフィちゃんを知る、たくさんの方々からのコメント、哀悼のメッセージは、まるで病院で独り、天国に旅立ったゾフィちゃんへ注がれる、温かな愛の光のようにも感じられ、感謝の気持ち以上の特別な、思いで私は胸がいっぱいになりました。皆さま、ありがとうございました。
 
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ゾフィちゃんに、まだしてあげたかったことは、より長く、穏やかな環境でストレスがなく、かつ鳥の仲間と過ごさせてあげたかったことです。
 
住まいのバリアフリー化は、落ちないブランコをはじめ、落ちない階段、底上げのケージなど、やりつくしました。
 
あとは、日々変わるゾフィちゃんの体調にしたがって、ケージ環境を少しずつかえたりしていましたので、それが道半ばになったようにも思います。
 
しかしそれらは後悔ではなく、もっと長く、彼女のためにこうしてあげられたら良かった、という思いです。
 
唯一の後悔は、彼女を私の手の中で、温かく看取ってあげられなかったことです。
 
それには、たとえもう一人の自分が、いいんだよ責めなくて、といいますが、それでも、彼女を独りで逝かせたくなかった。
 
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夕方のお迎え時、幼稚園の先生に、「息子ぴーちゃんとペットの死」についてまず相談しました。
 
ぴーちゃんと一緒に、亡くなったゾフィちゃんを引き取りに行くことになるため、息子ぴーちゃんが、モーリッツじーちゃんとのお別れ時と同じく、きちんと受け止めることができる年齢かを知りたかったのです。
 
ぴーちゃんを良く知るアリス先生は、「大丈夫。ぴーはきちんと成長していて、死を受け入れられる子供です」と言ってくださり、その後、先生、私、ぴーちゃんで、ゾフィちゃんのお話をし、これから迎えに行き、一緒にお別れの儀式をすることを伝えました。
 
ぴーちゃんは混乱する様子もなく、静かについてきてくれました。
 
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病院でのゾフィちゃんお迎え時、先生からは哀悼の言葉をいただくともに、治療と処置の詳細が判る情報もいただき、投与されたお薬情報もいただきました。
 
ゾフィちゃんは、小さな紙の箱に入れられていました。私は、このとき不思議と冷静でいられたのを、覚えています。
 
用意していた動物用の木の棺(お試しで取り寄せていたものを、まさか使うとは思っていませんでした)に、紙箱ごとおさめ、自宅へと向かいました。
 
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途中、お花屋さんで花束を買い、帰宅してからゾフィちゃんと再対面し、その周りをたくさんのお花で飾りました。
 
※次の画像には、ゾフィちゃんの体の羽根が、ほんの一部写っています。
 
 
ゾフィちゃんの元飼い主である夫も帰宅し、家族3人でゾフィちゃんとお別れのセレモニーをしました。

 

 

 
最後に木の蓋を締めて、今はバルコニーで安置しています。
 
今週末、義父宅の庭か、今のアパートの中庭に埋葬予定です。
 
それまで、もう少し、ゾフィちゃんを身近に感じ、彼女との思い出を振り返り、ゆっくりと、ゆっくりと、お別れという事実を受け止めていきたいと思います。
 
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最後に、残されたおっちゃんですが、元気にしています。
 
幸い、カーリー、ピートという仲間がいるほか、昨晩からはカナリアケージでハッケとペーターと同居し、寂しい思いはしていません。
 
私へのお気遣いのお言葉も多数いただいていますが、大丈夫です。
 
過去の失敗(ひどいペットロス)を繰り返すことのないよう、感情のアウトプットを心がけ、さらに昨晩は温かなお風呂と、久々に早い就寝を試みました。
 
寝ている間も、夢と現実が錯綜しているようでした。
 
起きるとまだ、自然と涙が流れ、そう簡単には乗り越えられそうもないですが、今はこれで良いと思います。

 

長い文章をお読みくださり、ありがとうございました。

 

 
これから、仕事に戻ります。
 

これからも、ゾフィちゃんを

好きでいていただけると嬉しいです。

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