ハワイアンヒーリング サロン
「レイアロハ」の松坂 梨加です
昨日の暑さに比べ
過ごしやすい気温の鹿沼でした(^o^)
今日はよく来て下さるT さんが、娘さんを連れて来てくださいました
まだ10代のと~ってもラブリーなお嬢さん
ほんわか系で、笑顔が素敵な「癒し系」です
憧れのキャラだわ~(笑)
いざ、ロミロミがスタートすると…
凝りが、かなーり溜まっている様子
体がストレスを訴えていました。
「もう限界だよ」と…
勤勉で真面目な彼女は、皆に迷惑をかけまいと
一生懸命お仕事をしていたのですね。
ロミロミをしながら、体に語りかけていくと…分かるんです
心の叫びが
祈りながらロミロミをしました
「自然界•宇宙•神•すべての愛のエネルギーが届いて、癒されますように…」と
施術後はカードカウンセリングご希望でした
本当は進学して学びたい事があるとの事。
いいじゃんいいじゃん!と私。
でも、それが自分に向いているかどうか分からないので、イマイチ踏ん切りがつかないのだそう(´・_・`)
向いているかどうかなんて、やってみなきゃ分からないのよ~*(^o^)/*
と…ここで、私のお話。
時はバブルが少しずつ崩壊してきたころ、
梨加23歳
色々と自由奔放に生きていました(笑)
「英語を1から学んで、同時通訳になりたい!」と思い始め、どうしたらなれるのか考えていました。
実は社長令嬢だったことがある私は、4歳のころから英才教育を受け、ピアノ、習字、英語、日本舞踊と習い事でいっぱいでした
どれも、身についていないのが不思議(笑)
「どうやって脱走するか」ばかり考えていたのを覚えています。
(実際、脱走に成功して、パトカー・近所のお巡りさんを総動員して捜索したことが数回あったそうです)
そんな中、1番長く続いたのが英語。
で、「同時通訳になる!」と無謀な夢をみたわけです(笑)
必死に働いてお金を貯めて、英語の専門学校に入学しました。
ほとんどのクラスメイトは18歳。私は23歳。クラスの姉御的存在でした。
必死にバイトして、必死に勉強して、私が学んだことは
「これでは、同時通訳になれない…」 チーン
ということでした(笑)
よく考えたら帰国子女でもないし。
それでも寝る間も惜しんで努力すれば、なれるのかもしれないけど、
そこまでする情熱はなかったの~!
と、いうことに気付いたのでした
お金もかかりましたが、2年間とにかく一生懸命やったので、全く後悔していません
いろんな人とも出会えたし、知らない世界もたくさん見れたし
無駄なことはひとつもなかった!
今はね、高校生の娘の英語の質問に、ギリギリ答えられているのでまぁいいか~♪
あの時ね、仕事を辞めて学校に入っていなかったら、今も言ってたと思います
「若かったら、同時通訳になりたかったのよ~」ってね!
長くなりましたが…
そんな話を先ほどの癒し系のお嬢様にしました
あの時やっておけば良かったと後悔するより、大変そうでも挑戦するほうがずっと気持ちいいし、
必ず何かは得られるはずだよ
という、私のお節介なアドバイスを真剣に聞いてくれていました
これ以上無理な仕事を続けていくことが、本当に自分にとって必要なことなのか
よく考えてみるようにお伝えしました。
自分の魂が喜ぶことをぜひ、やって欲しいですね♡゚
青春ですからね*(^o^)/*
体の凝りもほぐれたようで、「また来ます!」と満面の笑顔でお帰りになりました♪
次回、会うのを楽しみにしています♡゚
体のコリは心のコリ
みなさまもコリをほぐしにいらして下さいね~(^o^)
笑顔でお待ちしています♪